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後編

短めです。ほぼエピローグ。

 未だ混乱から抜けられぬようにぽかんと口を開けているエレノアに対し、ルカ、もといマルカは毅然とした態度で向き直った。


「今の発言で、ピンカーさんは虚偽の申請をしていたことが明らかです。虐めたのはアイザックの婚約者だとはっきりおっしゃいましたね? しかも一方的にアイザックの婚約者だと勘違いしたマリアンナを不要に貶め罪を着せようとしました。ピンカーさんからの謝罪を求めます」


 きっぱりと告げるとエレノアはようやく自分の失態に気が付いたようでおろおろとし始めた。ここで素直に一言謝ってくれればと思っていたのに、あろうことかまた目に涙をためてアイザックにすり寄ったのだ。


「だ、だって、あたし知らなくて……。そんな風に言われたら怖いわ!」


 ぎゅっとアイザックの制服の袖をつかむが、それにマルカが抗議するよりも早くアイザックが振り払った。


「この期に及んでまだそんなことを……」


 冷めた目でエレノアを見下ろし一言そうこぼすと、重い溜息を一つついてマルカに向き直った。


「マリー、どうしたい」


 アイザックは真っすぐにマルカを見つめ、この場の裁きを委ねているがわかった。いつの間にかマルカの隣に寄り添っていたマリアンナもマルカと目を合わせると力強く頷いた。周囲の生徒もマルカの言葉を待っているのが空気で伝わる。この場いるのはマルカを信じてくれている人たちばかりだった。

 マルカは意を決したようにエレノアに向き合った。


「謝罪の場を許してもそれに従わず、加えて私に非があるかのような発言……これは明らかに不当です。ブルーワース家への侮辱と、友人の名誉のためにピンカー家へ正式に抗議します。今後一切、ブルーワース家はピンカー家との取引はいたしません」


 はっきりとそう口にすると、エレノアの顔色はみるみると青くなっていった。ピンカー男爵家は商会を生業としていて、確か先代の当主が大きく業績を上げたことで叙爵されたはず。そしてブルーワース家は国内有数の大きな港を管理しており、国内の流通を大きく担っている。商売をしているピンカー男爵家にとって、ブルーワース家を敵に回すというのは大きな痛手になる。


「そんな……!! 学生のルカ様にそんなことを決める権利なんてないわ!」

「いいや、ある。マリーは国に正式に認められている爵位代行者だ。ある程度の執行権を認められている。それくらい、この学園で半年以上過ごしていれば理解できるし、学べるはずのことだったんだけどね」


 はぁ、とアイザックはまた溜息をこぼし、エレノアに向き直った。


「君をきちんと貴族として学ばせることができなかったのは世話役を担った私にも落ち度があったのかもしれない。……でも、これは君が招いた結果だ、ピンカー嬢。私はマリーの判断を支持することをもって君への制裁としよう。ゴールディング家から個別に抗議はしない。ただしもう二度と、個人的に私に構わないでくれ。生徒会長として、いち同級生としては接するが世話役は返上させてもらおう。いいね」

「そんな……アイザック様……」

「わたくしもルカに免じてレッドフォード家としての抗議は控えて差し上げます。なぜこうなってしまったのかもう一度よくお考えになって」


 ごきげんよう、とマリアンナが言って動き出すと、周囲のギャラリーも話は終わったと言うように三々五々動き出した。マルカもマリアンナを追って行こうとして、ふと足を止めた。振り返ると呆然と立ち尽くしているエレノアと、どう接すればいいのかと周囲でおろおろとする男子生徒数名が目に入る。

 この期に及んでまだ彼女の側に立とうとするのは正直言って時流が見えていない。彼らのことも記憶しておこう、と思いながら、エレノアに最後に言葉をかけようとして、口をつぐんだ。あれだけ言ったのだから、この場で情けをかけるべきではないと思い直した。


「それでいいよ」


 すべてを察したようにそう声をかけてくれたのはアイザックだった。そっと背中を押されるまま、マルカもその場から離れた。

 エレノアが学園を中退したのは、それから一か月後だった。


--


「結局取引は再開してあげたんですって? ルカってば本当にお人好しなんだから」

「ピンカー男爵から正式な謝罪文と名誉棄損に対する慰謝料の提示があったからね。それをつっぱねてまで敵対するのは賢くないよ」

「さすがですこと」


 放課後、マルカとマリアンナは学園のカフェテリアでお茶を楽しんでいた。話題はつい先月の大騒動のエピローグだ。

 あの後、マルカは家を通して取引停止の書状を本当にピンカー男爵家へ届けた。両親にも事の経緯を話し、きちんと了承を得て正式な書面として抗議を行ったのだ。

 ピンカー男爵としては寝耳に水もいいところで、即日エレノアを謹慎処分として屋敷に軟禁しブルーワース家へ頭を下げに来た。謝罪文の内容や慰謝料の内訳も至極全うで、なんだ親はきちんとしているじゃないかと思ったのはマルカだけではない。娘と同じようにたかが小娘が何様のつもりだ、と怒鳴り込んで来ようものならと思っていたが、そうはならなかったことに安堵した。

 マルカとて家のため領地のために無駄に敵を増やしたいわけではない。謝罪を受け入れ、慰謝料として向こう三年間港の使用料を一割高にすることと、娘の再教育を条件に取引停止は引き下げた。


「それにしても、まさかわたくしがザックの婚約者だと勘違いされていたなんて思いもしませんでしたわ」

「うん……私たちの婚約はもうみんな知ってるものだと思ったし、小さい頃から2人が喧嘩ばっかりしてたの、同世代ならみんな知ってたからね。アンナには辛い思いさせてしまって本当にごめんね……。もっと早く私が動いていればアンナが傷つけられることもなかった。私ばっかり庇われて、情けない。本当にごめんなさい」


 ティーカップを置いてマルカは深々と頭を下げた。マリアンナはその姿を見てやめてと笑った。


「そんなことないわ。初めからルカはわたくしに『そんなことしなくていい』と言っていたのに、やりたいようにやったのはわたくしですもの。彼女の行動が腹に据えかねていたのは本当ですもの。ルカはわたくしの名誉のために抗議をしてくれた。それで十分ですわ」

「アンナは優しすぎるよ」

「ルカにだけですわ。ふふ、確かに言われてみると、傍から見たらわたくしたち恋人のようね」


 テーブルの上で手を取り合ったまま、あの騒動の日にエレノアに言われたことを思い出してくすくすと笑う。笑い話にできるようになったのは、もうすっかりあの日のことが過去になった証拠だろう。

 マルカは男爵家への条件として提示したエレノアの再教育に関して学園の退学までは求めなかった。しかし結局ピンカー男爵はエレノアを退学させ、隣国の規則の厳しい女学校へ留学させることにしたらしい。内情はお家のことなので知る由もないが、噂に聞くところによれば「マルカに騙されたのであって自分は悪くない」とわめいていたのだとか。なんにせよ、平和が戻ってくれさえすればそれでいいと、レッドフォード家お墨付きの紅茶を堪能しながらルカがふぅと息をついた時、給仕の案内でアイザックが姿を見せた。


「楽しそうに何話してたんだ?」

「あなたが振り回された半年間のお話ですわよ、楽しそうに見えたかしら?」

「……撤回しよう」


 騒がしかった日々を思い出したようにげんなりした表情を素直に見せるアイザックは珍しい。マリアンナとマルカは顔を見合わせて笑いあった。給仕がアイザックの分のティーカップを用意しようとするのをアイザックが留めて、マルカの手を取る。


「アンナ、お茶会を中断させてすまないがマリーを連れて行っていいか?」

「構わないわ。元々あなたの生徒会が終わるのを一緒に待っていただけだもの。久しぶりのデートでしょう? どこに行くの?」

「……お揃いのアクセサリーを買うことにしたの」

「まぁ素敵! またブローチ?」

「いいや、指輪を。もうこの先誰が見ても私がマリーのもので、マリーは私のものだとわかるようにね」


 頬を赤く染めたマルカではなく、満面の笑みでアイザックが答えた。マリアンナはぽかんとした後、「ばかっぷるってやつですわ」とつぶやいて呆れたようにやれやれとかぶりを振った。



--



 ブルーワース伯爵家のルカを知らない貴族はよほどの世間知らずか社交界のモグリだ、とは社交界にいれば一度は聞く噂である。父親の代わりに異性装で社交界に繰り出す変わり者令嬢。彼女と婚約者の左手の薬指には、青い石が美しい金色の指輪が輝いている。


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