【Cheat Ability No.27】完全静止世界・限定観測権(タイム・ストップ・ウォッチ)
「お願いだ! どんな対価でも払う!『時を止める能力』を俺に売ってくれ!」
ワゴンの前に現れたのは、血走った眼をした一人の勇者でした。彼は強大な魔王軍を前に、一秒の猶予も残されていない絶望的な状況から、天界まで逃げ延びてきたと言います。
「時止め、ねぇ……。いいわよ。日和、在庫の奥にある『壊れた金時計』を出して」
フェアカさんが差し出したのは、文字盤の数字がバラバラに剥がれ落ちた、古びたストップウォッチでした。
「これは『タイム・ストップ・ウォッチ』。ボタンを押せば、世界の時間は完全に停止する。君以外のすべてが、ね。……ただし、これには一つだけ『勇者らしい』欠陥があるわ」
「欠陥? そんなの構わない! 時さえ止まれば、俺は魔王の首を取れるんだ!」
勇者は迷わず、全財産と自身の「味覚」を対価に差し出し、時計を奪い取るようにして戦場へと戻っていきました。
「……フェアカさん、大丈夫なんですか? あの人、あんなに必死でしたけど」
日和の不安な問いに、フェアカさんは新しいコーヒーを淹れながら、気だるげに答えました。
「大丈夫なわけないじゃない。あの時計で止まるのは『時間』だけじゃないのよ。空気の振動……つまり音も止まる。光の反射も止まる。おまけに、物質の分子運動……つまり『熱』も止まるわ」
日和は首を傾げました。それが何を意味するのか、文系の日和にはすぐには理解できなかったからです。
「いい? 日和。時を止めた瞬間、光が目に届かなくなるから、視界は真っ暗闇。空気の振動がないから、音は一切聞こえない。そして何より、熱運動が停止した空間は『絶対零度』になる。……あの勇者、時を止めた瞬間に、暗闇と静寂の中でカチコチに凍りついて、そのまま永遠に停止するわよ」
数時間後。ネットスーパーの「返品・クレーム」窓口に、真っ白に凍りついた勇者の死体が、時を止めたポーズのまま転送されてきました。幸い、時計の効力が切れた瞬間に時間は動き出したようですが、彼の心は恐怖で折れ、戦うどころではなくなっていました。
「……だから言ったのに。時を止めるなんて、命を捨てるのと同じだって」
フェアカさんは、氷が溶けてビショビショになったカウンターをメイドさんに拭かせながら、いつも通り看板を書き換えました。
「チート、チートはぁ、いらんかねぇ……。絶対零度の静寂、見えない世界、永遠の一秒、なんでもござれ」
日和は、ワゴンの棚に並ぶキラキラした商品たちが、実はどれも「死」の香りがすることに、改めて背筋が寒くなるのでした。
ご拝読ありがとうございます。
いかがだったでしょうか?
物理法則という現実を突きつける、フェアカ流の「時止め」の解釈を描きました。




