彼女の終り
視点がガラッと変ります。
1.
私は何の為に存在しているのだろうか?
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様々な生命達が冬の閉ざされた世界から抜け出し、春の始まりを喜びの歌と共に告げている。手入れの行き届いた庭には色取り取りの花達が咲き誇り我先にとその美しさを主張している。中でも庭の中に立つ桜の古木はその年月からくる貫禄であろうか、見事な桃色の花びらを咲かせていた。
その桜の木を、1人の小柄な着物姿の少女が目に涙を貯め眺めていた。
「お前の夫となるた元宮高貴さんだ。高貴君、娘の綾子だ。」
先刻、唐突に綾子は将来の夫の名前を知った。大事な話があると父、和利より告げられ母に着物を着せられこの家の広間へと案内された先で突然告がされた自分の将来。
江戸、明治、大正そして昭和へと時代は移り変わり日本は世界へ羽ばたいて発展していった。だが男尊女卑は拭えず、父親、夫に忠実で家を守り慎ましやかな女性が理想とされて入る時代。綾子も自分自身そのような女性になるよう努めてきた。
(なぜ今になって?…きっと私がもっと勉強をしたいと言ったからだわ!)
確かに遠くない近い将来自分も母親と同じように父のような人に嫁ぐ物と思っていた。だが綾子は知ってしまった。同じ女学校の生徒が遠くの異国の話をしてくれた。それまでの綾子の世界は、家族とその周辺のみであった。それを疑問に思った事もなかった。だが知ってしまった。自分には知らない世界を。
知ったからには止められなかった。もっと知りたい、触れたい、見てみたいと。
今までの自分を振り返り、初めて疑問に思ったのだ。父親に忠実に生きる、夫に忠実に生きる。果たしてそれは素晴らしい事なのだろうか?母は幸せなのか?今まで綾子にとって理想の女性は母であった。けれど疑問に思ったいま、とても母の人生が良いものだと感じることが出来なくなってしまった。
初めて父親に逆らい自分の考えを先日告げた。父は女に学は必要ないと思っており、私が女学校に通う事さえ快くは思っていなかったであろう。そんな父にもっと知りたいと、勉強がしたいと初めて逆らった。
その結果が強制的な婚約。
私が嫁がないのであれば妹の咲が嫁ぐ事になる。咲は病弱でまだ12歳の子供だった。すぐに結婚する事は出来ないが、婚約者として家族と離され相手の家へと連れて行かれるのが目に見えている。自分と妹の人生どちらをとるのか?そんな事選べるわけもなかった。
そして私が嫁げば嫁ぎ先の家より援助してもらい、咲の治療金や傾いている家の事業も元に戻るのだ。
結局私は父に逆らえなかった。
自由な友人、病弱で皆に可愛がられ愛される妹。決して咲のことが嫌いではなかった。むしろ可愛い大切な妹だ。けれど父や母の妹を哀れみ、慈しむ目。私にむける目とは違う。
少ないが親しい友人のいる妹、愛らしく皆に可愛がられる妹、我侭を言っても怒られない妹。
私も病弱だったらもっと父や母は可愛がってくれたのだろうか?
そんな事を考えてはいけない。咲は私と違い部屋に篭りがちで、自由に外で遊ぶ事さえできない。
咲には咲の辛さがあるのだから。
けれど悔しかった。何に対してであろう?分からない。
無償に独り泣きたくなった。
カサッ
その時奥の庭より人の気配がした。
「泣いていらっしゃるのですか?」
現れたのは先刻父より紹介のあった未来の夫である青年であった。痩せ型で真面目で優しそうな青年である。
「っ…!い、いえちょっと目にゴミが入ったもので。」
私は慌てていかにも取り繕った嘘で誤魔化した。この婚約を破談にさせてはいけない。この青年に不快な思いをさせ、破談とされて困るのは私だ。
そんな姿の私を見た青年は苦笑しながら、私のいる桜の木の下まで歩みより「これを」と小さく呟きハンカチを手渡してくれた。
「あ、ありがとうございます。」
私は狼狽しながらもお礼を言い、そのハンカチを受け取った。
お互い何を話て良いか分からず、桜の下で沈黙が続いた。沈黙を破ったのは、青年だった。
「見事な桜ですね。」
「…そう、ですね。とても綺麗です」
「風に舞う花びらはまるで桜の木が流す涙のようですね。」
「…っ。そんなことは!」
青年のその一言は私を焦らした。こんな誰も来ないような桜の木の下で泣くほど自分との婚約が嫌なのかとそう言われた気がしたのだ。そんな私を見た青年は、苦笑しながら話を続けた。
「誤解為さらないで下さい。私は貴方を責めてる分けではありません。突然の婚約です。貴方が戸惑うのは無理も無いお話です。」
「…この婚約のお話は私から貴方のお父様に直接願いでたのです。」
「…え?」
「一目惚れといって信じて頂けるかどうか分かりませんが、私は貴方の事を忘れる事が出来なかった。むしろ私が貴方の自由を奪ったと責められるべき立場なのですよ。」
青年の突然の告白に私は頭の中が真っ白になった。
この人は何を言ってるのだろう?一目ぼれ?この人が私に?ありえない。
私の一日は家で始まり家で終る。日中も女学校に通っているので男性と会うなどめったにない。そんな中で男性に会っているのであればそれなりに私も顔を記憶するであろう。
だが私は彼と会ったのはこれが初めてであった。
「…信じては頂けないとおもっております。だがこの気持ちは決して嘘偽りの無い物です。それだけは信じて頂きたい。」
「そんな事を言われても、私と貴方が会うのは今日が初めてのはずです!」
私は馬鹿にされてるのかと思い怒気を含めた声で言い放った。
しかしそのあと直にこの婚約を破談にさせてはいけないもので、自分の失言に気がついた。普通ならばここは頬を染めてまぁとか呟けば良かったのであろう。
けれど全てに対し怒り自分を情けなく泣いていた後だ。
私は冷静になることは難しかった。