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六話・ごくふつうの世直し譚1

前回のあらすじ・無事に友人のシェーヌを助けたエレオノーラは、次なる世直し旅へ出発した。

 五話・ごくふつうの世直し譚


「痛いわアハト」


 旅に出て三日目の朝。

 俺はエレオノーラ様の髪を()かしていた。

 山の朝は冷え込む。街ならまだガス灯の明かりが残るほど薄暗い空の下、エレオノーラ様はまるで王宮の一室にいるかのようなたたずまいだ。野宿でも気品を崩さないのはさすがだが――俺らは本来、こんな人里離れた辺鄙な場所で車中泊なんてせずに、温泉宿のベッドでのんびりと眠れているはずだった。


 それなのに、夕食後エレオノーラ様の部屋の窓から飛び込んできた紙飛行機を開いて見るなり、エレオノーラ様は「出かけるわよ」とのたまったのだ。


「本職じゃないんですみませんね。アリスに頼めば良いでしょう? どうせそこらにいるんでしょうし」


 平民の女性とは一線を画す貴族令嬢の美しい髪も、肌も、爪も、すべてはメイド達の努力あってのたまものだ。

 もちろん俺との二人旅で維持できるはずもなく、エレオノーラ様の身なりの手入れは、アリスやヴィヴィアンやクロエ達、昔からエレオノーラ様に仕えているメイド達が請け負っている。


 ――行き当たりばったりで車を留め入ったはずの高級温泉宿で、公爵家のメイド達がズラリと並んで出迎えていたときには、さすがにビビった。

 エレオノーラ様は当然のような顔をして、ショールを着せかけられたり帽子を手渡したりしていたけど。

 エレオノーラ様が案内された部屋は当然ながら最高級で、公爵家にいるのと遜色ないドレスや化粧品、肌や爪のケア用品が運び込まれていて、わらわらと現れたメイド達がエレオノーラ様の世話をせっせとしていた。

 温泉だって貸し切りで、公爵令嬢が一人で浸かったりはしない。何人ものメイドがお供する。


 俺? もちろん宿泊客用のフツーの大浴場ですが何か?

 それでもお湯の質に変わりはないし、伸び伸びと手足を伸ばして初めての温泉を満喫していたのだが……何をやらされてんだ、俺は今?


「アハト、もう少し丁寧にしてちょうだい。アリス達には別の任務を頼んでいるのだから、しようがないでしょう」


「……申し訳ありません、エレオノーラ様って、実は癖っ毛ですね」


「気にしていることを指摘しないでくれる? わたくしの髪は、アリス達の努力のたまものよ」


「メイドってすげぇですね」


「あなた最近、わたくしに対する態度がぞんざい過ぎやしなくて?」


「いえいえとんでもない」


 俺はしれっと櫛を持ち直し、金色の髪を()き直す。赤みがかったその髪は朝日に照らされて宝石みたいに輝いているけれど、俺の腕じゃ寝癖は直らないし、結い上げるなんて器用なまねもできやしない。

 アリスのクオリティは無理だろ、と内心ツッコミつつも、黙々と()かした。


「……まあ、及第点ね」


 エレオノーラ様は少しばかり不満そうだけれど、俺にしちゃ上出来だ。

 朝食の用意はしていないし、とりあえず沸かしていた湯で紅茶を淹れた。


「本日のご予定をお聞きしても?」


「ここからさらに奥へ行った村で、盗賊被害があったそうよ。夜の内に着ければ良かったのだけれど、道がこれじゃあね」


 エレオノーラ様が肩をすくめて見た先では、車の車輪が泥にはまって動けなくなっている。

 街の石畳や煉瓦の道とは異なり、このへんの道は砂利が敷かれていれば良いほうで、たいていはむき出しの土に草がボウボウと生えている。

 車輪が大きな馬車ならともかく、車には厳しい道のりだ。


「引き返しますか?」


「車がこれで、どうやって? アハトがそんなに力持ちだとは知らなかったわ」


「まあ、助けに行くはずの村で馬でも借りて、引っ張り出すしかありませんかね」


「だから行く先はひとつよ。盗賊退治」


「世直しですね、はいはい」


 正義感なのかストレス解消なのか。ともかくエレオノーラ様が『世直し旅』というやつを気に入っているのは間違いない。王都じゃ大騒ぎになってるんだろうし、帰ったほうが良いんじゃないかなー、と俺の中のわずかな良識がもの申しているけれど、雇い主には逆らえない。借金もあるし。


「この紅茶を飲み終わったら、出発しましょう」


「ええ、火の始末をしておきます」


 俺は野営道具を片付けながら、エレオノーラ様のドレスをチラリと横目で見た。

 旅装とは思えない高級品。これで盗賊退治に行くってんだから、ツッコミどころ満載だ。


 ◇◇◇


 村に着くと、すぐに異様な雰囲気に気づいた。人影はほぼなく、子どもたちの姿なんてまったくない。

 エレオノーラ様はため息混じりに言う。


「どうやら本当に困っているようね。来て良かったわ」


「とりあえず村長の家を探しますか、エレオノーラ様」


 俺は数少ない村人に尋ね、村長の家を探してノックした。

 白い眉毛に白い髪の老人が、不安そうにのぞき窓を開けた。


「ど、どちら様で?」


「旅の者です。この村で盗賊被害が続いていると聞きまして――」


 俺が説明しかけると、エレオノーラ様がずいと前に出た。


「わたくしはエレオノーラ・アロガンテ。あなた方を助けに来たのよ」


 おいおい、いきなりの本名。

 エレオノーラ様はかなり有名だし、むしろカタリだと思われるんじゃないかと心配したけれど、村長はすぐに戸を開けた。

 なんだろう、エレオノーラ様の迫力勝ち? 気品? それともどこかに消えたアリス達が根回しでもしていたんだろうか。

 中に通されると、粗末な椅子をすすめられ、村長がポツポツと語り出す。

 盗賊被害は想像以上に深刻だった。夜な夜な家畜や穀物が奪われ、村の若者も怪我をしたという。盗賊たちは顔を隠しているが、このへんの者ではなさそうだとのこと。


「なるほど……これは村人の手にはあまりますね」


「思った通りね。アハト、わたくしの護身用ステッキを持ってきてちょうだい」


「……了解です、エレオノーラ様」


 この人、絶対に楽しんでるな。


 俺はエレオノーラ様のステッキと自分用の短剣を用意する。執事なのに当たり前に剣を使えるのは、アリス達にしごかれたからだ。おっふ、思い出したくもない。


 



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