十五話・偽者令嬢の後日譚
前回のあらすじ・偽物エレオノーラ様は、どうやらマラディーに操られていたようで……?
◇◇◇
「いやあ、見事、観劇でもしたようだったよ」
騒動が終わり、領主館の応接室で、エレオノーラ様と向かい合ったジュリアン王太子殿下はパチパチと手をたたいた。
「まさか殿下がいらっしゃるとは思いませんでしたわ」
ジト目を向けるエレオノーラ様に、王太子殿下は苦笑を浮かべる。
「だって、君が見つからないからね。噂を聞いたと思えば、どう考えても偽物なんだもの。確かめたくもなるでしょ? ……ヴィルヘルム・グリムハルトに逃げられたのは残念だったね」
「ヴィルヘルム?」
思わず聞き返してしまった俺に、王太子殿下は不敬をとがめるでもなく、目線をよこすとにっこりと笑った。
「ああ、君が噂のアハトか。エレオノーラから聞いていたよ。偽者のエレオノーラ……ノワ嬢はマラディーとか呼んでいたけれどね、当然ながら偽名だよ。僕は会っていないから断言はできないけれど、グリムハルト侯爵の弟、ヴィルヘルム・グリムハルトだと思う」
俺はチラリとエレオノーラ様に目をやった。指先が少しいつもより白いけれど、震えてはいない。
王太子殿下が側にいるからなのか……なんだか、心のどこかがもやっとして、不思議に思う。エレオノーラ様が怖くないなら、それに超したことはないはずなのに。
「どうせエレオノーラは説明していないんだろうし、君には聞いておいてもらおうか。グリムハルト侯爵は、僕にとって母方の叔父でね、いわば王太子としての僕の後ろ盾なんだ。でも……僕は正直、叔父が苦手でね。できれば失脚して欲しいと思っている」
「……」
俺は目をまん丸にして王太子殿下を凝視してしまった。
単なる元婚約者の執事に、なんてあけすけな。これ、他に聞かれたら超マズイ、最重要機密なんじゃないのか。
ってか、王太子殿下、思ってたのとだいぶ印象が違うぞ。
俺が知ってる王太子殿下は、ただただ優しいのだけが取り柄の、頼りない方だったはず。
「ふふ、君は執事なのに、全部顔に出るなぁ。エレオノーラの執事らしいね。僕の普段のキャラは生存戦略ってヤツだよ。グリムハルト侯爵家が求めるのは、傀儡にしやすい、素直なお人形王子様だからね。僕には同腹の弟もいるし、腹黒いなんてうっかりバレたら、暗殺されかねない。……だから僕はね、グリムハルト侯爵に対抗できる後ろ盾を必要とした」
隣に座るソフィア嬢も、エレオノーラ様も顔色一つ変えない。
ってことは、二人とも、王太子殿下の性格も目論見も、既に知ってたってことか。
「最初は、アロガンテ公爵家に頼もうと思ってたんだ。あそこの家は、商売には聡いけど、どこか浮世離れしてるっていうか、政治に興味はないからね。だからエレオノーラを婚約者に望んだ。でも、叔父は気に入らなかったみたいだねぇ……エレオノーラには、随分と迷惑をかけてしまった」
繰り返される暗殺者との死闘。
アリス達がいなかったら、エレオノーラ様は何回殺されていたか分からない。そして最も幼い頃の記憶は、今でもエレオノーラ様の心に影を落としている。
「僕たち三人は、学園で首席を争う仲でね。たくさん話もした。それで、産業革命がなり――僕たちは蒸気機関から始まった機械化の流れをそう呼んでいるんだけど――民衆が力を持ち始めている今、必要なのは公爵家出身の王妃ではなく、民衆を代表する平民出身の王妃なんじゃないかという結論に達した」
「……随分と飛躍している気がしますが?」
え、王太子殿下がエレオノーラ様を婚約破棄したのは、ソフィア嬢に惚れたからなんじゃないのか? 変化球の責任逃れにしか聞こえないぞ。
「グリムハルト侯爵家は、逆らうなら民衆は弾圧すれば良い、民とは貴族のために存在するもの、生かさず殺さずで税を搾取すれば良い、という昔ながらの考えの持ち主でね。でも、民衆は力を持ち、発言するようになった。今回も、この街で暴動が起こったんだろう? ああいった動きが、もう何カ所も起きてる。このままグリムハルト侯爵家に従っていたんじゃ、王家そのものが倒れるかもしれない」
俺がムスッとしているというのに、何が楽しいのか王太子殿下は上機嫌に説明を続ける。
「そんな話をね、エレオノーラやソフィアとしてね。そうしたらエレオノーラが言ってくれたんだよ。これからの王妃には、ソフィアのほうが相応しい。ちょうど自分にもやりたいことがあるし、王妃業は任せるわ、って」
「エレオノーラ様!?」
俺はバッとエレオノーラ様を振り返った。
聞いてない。ってか自分から言い出したのか、婚約破棄を? 王妃になるために、あれだけ寝る間も惜しんで努力してたってのに?
「……ソフィアの夢は、貴族に搾取されないような、民衆の市民権を確立することなのよ。素敵でしょう?」
「そういうことを聞いてるんじゃないんです」
歯を剥きそうな俺に、エレオノーラ様はすねた顔でプイッとそっぽを向く。
なんなんだエレオノーラ様のやりたいことって。最初に言ってた自由か? まさかこの世直し旅とか言わないよな? 王妃の座を蹴っておいて。
「くくっ、仲が良さそうで良かったよ。最初は同士みたいに始まった関係だけれど、僕はもう、心からソフィアを愛しているからね。エレオノーラには本当に感謝しているんだ。困ったことがあったら、何でも言ってくれ」
「きっと、エレオノーラ様の認めてくださるような、立派な王妃になってみせます! 見ていてください、エレオノーラ様」
詰め寄る俺をどうどうとなだめながら、エレオノーラ様はとっておきの笑顔でソフィア嬢に頷いた。
「ええ、楽しみにしているわ。でも、もう貴女はとっくに、わたくしを越える王太子妃よ」
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