剣の道
多忙で投稿期間が空いてしまいました。これからぼちぼち投稿できたらな〜と思っています。
昼休み。
教室の窓から、コウは何気なく校庭を眺めていた。グラウンドでは運動部の生徒たちが汗を流し、日差しの下で談笑する生徒たちの声が風に乗って届く。
(……平和なものだ)
どこか、夢の中にいるような気分だった。
コウにとって、今の生活はまだ馴染みきれないものだった。目を覚ましてから、こうして学園での日々を過ごしているが、胸の奥には常に霧がかかったような感覚が残っている。
そんな中、今朝のケンとのやり取りが頭の片隅にこびりついていた。
──「お前を見た瞬間から気になってたんだ。なんというか、剣士の眼をしてる」
「……剣士、か」
小さく呟いた瞬間、記憶の奥に何かがよぎる。
雷鳴の轟く戦場。
幾千の剣が交わり、炎と血が混じる戦い。
刃を握る手の感触。
目の前の敵を斬り伏せる感覚。
だが、それはあまりに断片的で、すぐに霧の向こうへと消えていく。
(思い出せない……)
「コウ?」
不意に、隣から声がかかった。
「何を考えてるの?」
千織だった。手に弁当箱を持ったまま、じっとこちらを見ている。
「……いや、何でもない」
「ふーん、また難しい顔してたよ?」
千織はそう言って、コウの向かいの席に腰を下ろした。
「ねえ、ケン先輩と何話してたの?」
「……剣道部に誘われた」
「えっ、そうなの?」
千織は少し驚いたように目を見開いた。
「ケン先輩がそんなにすぐ勧誘するなんて珍しいなぁ……コウのこと、よっぽど気に入ったのかもね」
「そうなのか?」
「うん。ケン先輩って、普段はあんまり人を誘ったりしないんだよね。剣道の腕がすごいのはもちろん、頭も良くて、冷静に人を見る人だから」
千織はそう言いながら、箸を動かした。
「でも、コウが剣道部……なんか、想像できないなぁ」
「……どういう意味?」
「うーん……なんていうか、もっと自由な剣の方が似合いそうっていうか?」
コウは何も言わず、ただ視線を千織へ向ける。
「ほら、剣道って型が決まってるでしょ? コウって、そういう枠にはまる感じがしないんだよね」
(……そうかもしれない)
コウの剣は、形を持たない。決められた型ではなく、戦場の中で生まれ、鍛えられたものだった──ような気がする。
だが、今の自分にはそれを証明するものは何もない。
「で、どうするの? 入るの?」
千織の問いに、コウは少し考えた後、静かに答えた。
「……分からない」
「そっか。でも、コウが剣を握るところ、ちょっと見てみたい気もするな」
千織は微笑みながらそう言った。
コウは、その言葉を聞きながら、ぼんやりと窓の外に視線を戻した。
(……俺は、剣を握るべきなのか)
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放課後。
コウは一人、剣道部の部室の前に立っていた。
中からは、剣道部の掛け声と竹刀が打ち合う音が聞こえてくる。
(……どうする)
自分がここに来た理由は分かっていた。
このままでは、記憶の霧は晴れない。何かきっかけが必要だった。
「迷ってるのか?」
突然、声がかかった。
振り返ると、ケンが立っていた。
「……別に」
「なら、入るか?」
「考えているだけ…です」
ケンはじっとコウを見つめた後、フッと微かに笑った。
「剣を握るのに、理屈はいらない。迷うくらいなら、一度振るってみればいい」
「……そういうものですか?」
「ああ。剣は言葉よりも雄弁だ」
ケンはそう言うと、道場の扉を開いた。
「試しに打ち合ってみるか?」
コウは数秒、じっとケンの目を見つめた。
そして、静かに頷いた。
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道場の空気は、外とは別世界のようだった。
床板が磨かれ、道着姿の部員たちが稽古に励んでいる。
「道着はないだろうから、とりあえず竹刀を持て」
ケンが竹刀を手渡してくる。
コウはそれを握った。
──軽い。
(これは……"剣"ではない)
本能がそう告げていた。
竹刀は人を斬るためのものではない。これは競技の道具であり、"戦う"ための剣ではない。
「始めるぞ」
ケンが正眼に構える。
コウは無言のまま、それを真似るように竹刀を構えた。
「いくぞ」
ケンが踏み込む。竹刀が一直線に伸び、コウの面へと向かう。
──コウの身体が勝手に動いた。
竹刀を僅かにずらし、ケンの打ちを受け流す。次の瞬間、無意識のうちに踏み込んでいた。
(これは……)
違う。
この動きは、剣道のものではない。
だが、手が勝手に動く。
刹那、ケンの目が鋭く光った。
「──なるほどな」
竹刀が素早く軌道を変え、コウの脇を狙ってくる。
コウはそれを、まるで舞うように躱した。
ケンの竹刀が空を切る。
道場の空気が張り詰めた。
周囲で見ていた剣道部員たちが、息を呑むのが分かった。
コウは竹刀を静かに下ろし、ケンもまた、ゆっくりと構えを解いた。
「……やっぱり、ただの転校生じゃないな」
ケンはそう言って、少し笑った。
「お前の剣は、"試合"の剣じゃない。"戦場"の剣だ」
コウは無言だった。
(……やはり、俺は)
剣を持たぬ者ではない。
それだけは、はっきりと分かった。
そして、ケンは最後にこう言った。
「またいつでも来い。お前の剣、もっと見てみたくなった」
その言葉が、コウの胸の奥で静かに響いていた。
閲覧ありがとうございました。
誤字脱字等ありましたらすみません。




