剣士の眼差し
〇登場人物紹介
ケン…柳田学園高等部二年。剣道部主将。しっかり者で周りからの信頼が厚い。ぶっきらぼうな所もあるが根は優しい。
ケイ…かつてのコウの友人であり終焉の五刃として共に戦った戦友。
千織の「行きたいところ」は、思いのほか近場だった。
柳田学園の正門を出て、緩やかな坂道を下ること数分。彼女が足を止めたのは、小さな神社だった。 鳥居付近には、こじんまりとした【朔良神社】と書かれた石碑が建てられている。
鳥居をくぐると、境内には澄んだ空気が漂っていた。夕暮れの光が木々の間から差し込み、砂利道に細長い影を落としている。
「ここが、私の実家」
千織はそう言って振り返った。
「神社か」
「うん。まあ、家業を手伝ったりはしてないけどね。でも、ちょっと気分転換になるかなって思って」
「気分転換?」
「コウ、今日ずっと難しい顔してたでしょ」
千織はそう言って、くすっと笑った。
「別にそんなつもりはない」
「うーん、でもね、なんとなく分かるんだ。何かを考えてるっていうか、心の中で何かが引っかかってる感じ?」
コウは少しだけ目を細めた。
(……鋭いな)
彼女の言う通りだった。朝目覚めたときから、何かが欠けているような感覚が消えない。
だが、それをどう言葉にすればいいのか分からなかった。
「ま、無理に話すことじゃないけどね。でも、私は神様にお願いするのもアリかなって思ってる」
そう言いながら、千織は賽銭箱に小銭を投げ入れ、手を合わせた。
コウも、彼女の隣に立つ。
(神か……)
彼はそっと目を閉じる。
──遥か昔、神と呼ばれる者たちと対峙した記憶があるような気がした。だが、その記憶は朧げで、手を伸ばしても届かない。
目を開けると、千織がじっとこちらを見ていた。
「コウはお願いしないの?」
「俺は……」
言葉が詰まる。何を願うべきか、分からなかった。
「……ま、コウはコウだもんね」
千織はそう言って、再び笑う。
「じゃ、そろそろ帰ろっか。もうすぐ暗くなるし」
コウは無言で頷き、千織の後に続いた。
---------
翌日。
コウが昇降口で靴を履き替えていると、後ろから鋭い声が飛んできた。
「おい、お前」
振り返ると、そこにはサラリとした少し癖のある黒髪の青年が腕を組んで立っていた。
「……お前が転校生か?」
ぶっきらぼうな口調。鋭い眼光。彼の立ち姿からは、ただ者ならぬ雰囲気が漂っていた。
「……そう…です。」
(校章のバッチが緑色…)
この学園では校章のバッチの色が学年で違うらしい。
1年生が赤色、2年生は緑、3年生は青色と決められている。
この青年がつけているバッチは緑色。つまりコウより1つ上の2年生ということだ。
「そうか。だったら、覚えとけ。俺はケン、剣道部の主将だ」
コウはその名前を聞いた瞬間、一瞬だけ時が止まったような感覚に陥った。
(ケン……)
似ている。だが、違う。
かつての仲間──ケイと。
だが、目の前の男は明らかに別人だった。
「お前、剣道の経験は?」
ケンが鋭い視線を向けてくる。
「……ないです」
「そうか。」
「剣を使ったことはあるが、剣道とは違うものです。」
それは事実だった。コウの剣は、戦場の剣だった。決して競技としての剣ではない。
ケンは少し考えるように顎を触った後、フッと鼻を鳴らした。
「……まあいい。とにかく、お前を見た瞬間から気になってたんだ。なんというか──剣士の眼をしてる」
「剣士の眼?」
「そうだ。剣を握ってきた奴の目だ。普通の奴にはない"何か"がある」
コウは沈黙した。
(……そうか)
自分では分からなくても、他人にはそう見えるのかもしれない。
ケンは腕を組んで、じっとコウを見つめた。
「なあ、お前。剣道部に入る気はないか?」
「剣道部……?」
「強いやつと戦うのは嫌いじゃない。お前の剣がどんなものか、見てみたい」
その言葉を聞いた瞬間、コウの胸の奥に何かが引っかかった。
──剣を交える。
それは、かつての日常だった。戦場では、剣を振るい続けていた。
だが、今のコウには、それを実感する記憶がない。
「……考えておきます」
そう答えると、ケンは満足げに頷いた。
「そうか。まぁ無理強いはしない。でも、もし気が向いたら、いつでも来てくれ」
そう言い残し、ケンは昇降口を出て行った。
コウはしばらくその背中を見つめていた。
(……剣か)
確かに、失われた記憶を取り戻す鍵になるのかもしれない。
だが、今の自分に、それを振るう理由はあるのだろうか。
答えはまだ出なかった。
──ただ、コウの胸の奥で、何かが静かに目覚め始めていた。
閲覧ありがとうございました。
誤字脱字等ありましたらすみません。




