炎の記憶
雷の騒動から一夜が明け、柳田町は慌ただしさを増していた。
「学園近くの山の小屋が燃えているぞ!」
「急いで消火活動を!」
燃え盛る炎が、夕暮れの空をさらに赤く染めている。
学園の教師や町の大人たちが、バケツリレーや放水で火を抑え込もうとしていた。
その中には──先生の姿もあった。
「くそっ、思ったより火の勢いが強いな……」
先生は水を含ませた布で口元を覆いながら、燃え広がる山を睨んだ。
──炎。
赤く揺らめく炎を見つめた瞬間、先生の胸の奥で何かが弾けた。
脳裏に、どこか懐かしい情景が浮かぶ。
──剣を振るう、自分の姿。
剣に纏う紅蓮の炎。
戦場に響く轟音。
剣を振るうたびに、魔物のようなモノが焼かれ、斬られていく。
(……これは、俺の記憶か?)
理解が追いつかない。
しかし、それは確かに先生の一部だった。
そして、戦場の記憶の中に、いつも隣にいた存在があった。
──長い黒髪を風に靡かせる青年。
雷を纏い、刃を振るう姿。
「……コウ」
呟いた瞬間、心の奥底で何かが確かに繋がった気がした。
──俺は、コウを知っている?
なぜ忘れていたのか、それさえも分からない。
だが、確信だけはあった。
(俺は、かつて……剣を持ち…戦っていた)
先生の手が、無意識に拳を握りしめる。
その時だった。
──「見つけたぞ、夏葉瀬コウ」
新たな使者が、現れた。
──────────
黒い装束を纏った男が、山火事の混乱に紛れ、学園の方向へ向かっていた。
「…!アイツはこの前の…」
先生の目が鋭くなる。
(このままでは、コウが襲われる)
─だが、コウに戦わせるわけにはいかない。
先生の胸の奥に、妙な感情が渦巻いた。
(……俺は、コウにここにいてほしい)
ただ、それだけの思いだった。
だから──
「コウに手を出させるわけにはいかないな」
先生は足元に落ちていた長く太い枝を拾い上げた。
「……お前の相手は、俺だ」
─────────────
「貴様は……?」
追っ手の男が眉をひそめる。
「俺は、柳田学園の教師だ」
先生は枝を肩に担ぎながら、一歩前へ踏み出す。
次の瞬間──
──空気が変わった。
使者が一瞬怯む。
その隙に、先生は枝を振り下ろした。
「なっ……!?」
枝を握る感触が、あまりにも馴染んでいた。
まるで、かつての剣を握っているかのように。
──昔、大剣を振りかざし、皆を守っていた。
それを、今、確かに思い出した。
「お前が何者かは知らんが、俺が相手になってやる」
「ぐ……っ!」
使者が鋭く短剣を振るうが、先生は迷いなく受け流す。
「俺の生徒を狙うなら──容赦はしない」
枝を大きく振るう。
その瞬間、枝が炎を纏ったように赤く輝いた。
──それは、まるでかつての炎の剣のようだった。
「……なにっ……!?」
追っ手の男の表情が、恐怖に染まる。
──ズバァッ!!
先生の一撃が、男を吹き飛ばした。
「ぐっ……!!」
男の体が宙を舞い、地面に転がる。
先生の勝利だった。
───────────
先生は倒れた追っ手を見下ろす。
「……これで終わりだ」
だが、このままではいずれまた新たな敵が来る。
コウがここにいる限り、何度でも。
先生はふと、ある決断をした。
──相打ちだったと偽装する。
コイツとコウが戦い、互いに傷を負って消えたことにすれば、コイツらもすぐに動けなくなる。
先生は地面に戦いの跡を残し、使者の身体に傷をつけ、''戦いの痕跡''を作り上げた。
(これで、しばらくは大丈夫だろう)
コウがこの学園に留まるために。
──コウには、平穏な学園生活を送って欲しい。
先生はそう決意し、静かに炎を見つめた。
「しばらく、騒ぎは起きないだろう」
その夜、先生は家へ戻った。
居間でコウがテレビをまじまじと見ていた。
人の気配に気づいたのか、コウの視線がテレビから先生へと移る。
「……」
コウが先生を一瞥し、口を開く
「何かあった?」
「いや、なにも。」
先生は淡々と答えた。
「……ただ、しばらく、騒ぎは起きないだろう」
コウはじっと先生を見つめたが、それ以上は何も聞かなかった。
ただ、静かに頷く。
(……これでいい)
先生はコウの後ろ姿を見ながら、再び心に誓う。
──俺は、この生活を守りたい。
たとえ、自分が何者であったとしても。
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