残る理由
──雷鳴が、夜空を裂いた。
刀に宿る雷が、神の使者を包み込む。
「ぐっ……! 貴様……!」
使者の身体が焼かれ、黒く焦げる。
しかし、コウはそれを見届ける余裕すらなかった。
(……身体が、動かない)
膝が崩れる。
強引に引き出された力に、肉体がついていかない。
視界が歪む。
意識が遠のく。
そして──
コウはその場に崩れ落ちた。
─────────
気がつくと、穏やかな風が頬を撫でていた。
静かな夜の匂い。
ふと、重みを感じる。
(……?)
コウは、自分が誰かにもたれかかっていることに気づいた。
ゆっくりと顔を上げる。
(誰だ?…)
「……起きたか」
低く静かな声が聞こえた。
「…先生?何でここに…」
木陰に座る先生に寄りかかる形で、コウは横たわっていた。
(…見られた?)
雷を纏い、使者と戦った姿を──。
しかし、先生は淡々と答えた。
「俺は何も見ていない」
「……」
コウは先生の横顔を見つめる。
先生はそれ以上何も言わなかった。
ただ、静かに夜の闇を見つめていた。
(本当に、見ていないのか?)
だが、今はそれ以上問う気にはなれなかった。
コウは目を閉じる。
今だけは、この静けさに身を委ねたかった。
─────────
月曜日
学園は騒がしかった。
「なあ、打ち上げの夜にすごく大きな雷が落ちたって話、本当か?」
「うん、しかも変なところに。部室棟のあたりだったらしいよ」
「マジかよ! 剣道部の竹刀もなくなったって聞いたぜ!」
「えっ、それってまさか泥棒……?」
朝から学園中が騒然としていた。
雷、荒らされた部室、消えた刀。
コウは無言で教室の窓から外を眺める。
──もう、ここには居られない。
(……俺がいる限り、また狙われる)
使者を倒した以上、次もある。
ここにいれば、千織も、ケン先輩も、セイラも、翔も──巻き込まれるかもしれない。
狙われていると知ったなら、すぐにここを離れればいい。
それだけのことだ。
しかし──
コウは、決断できずにいた。
(……なんで)
この世界で、彼らと出会うことはないと思っていたはずなのに。
今なら、何の未練もなく去れるはずなのに。
どうして、俺は……
この学園を離れたくないと、思っている?
「コウ?」
千織の声で、思考が途切れた。
「……どうかした?」
「……いや、何でもない」
コウは答えるが、千織はじっとこちらを見つめていた。
(……気づかれている?)
千織は勘が鋭い。
何かを感じ取ったのかもしれない。
だが、千織はそれ以上問い詰めることはなかった。
「……そっか。じゃあ、またね!」
そう言って、笑顔で去っていく。
コウは、その背中をしばらく見送っていた。
─────────
──雷鳴。
昨夜の出来事が、先生の脳裏に焼き付いていた。
コウが剣を振るう姿。
雷を纏い、何者かと戦う姿。
それは、かつてどこかで見た記憶と重なる。
(……俺は、知っているのか?)
胸の奥がざわつく。
この少年を見ていると、説明のつかない感覚が広がっていく。
「お前が俺を覚えていなくても、俺はお前を知っている」
──誰かの言葉が、耳元で響いた気がした。
先生は、静かに目を閉じる。
(……俺は、何を忘れている?)
記憶の霧の向こうに、何かがある。
そして、その答えは、コウにある気がしてならなかった。
──だからこそ、先生はコウを見つめ続ける。
彼が去ろうとしても、それを許さないかのように。
閲覧ありがとうございました。
誤字脱字等ありましたらすみません。