目覚めの雷
──体育祭翌日
土曜日の夕方だというのに学園は賑やかだった。
生徒たちは打ち上げとして、学園に泊まるイベントを開いていた。
「体育祭が無事終了したことを祝して!かんぱーい!」
翔の掛け声で、ジュースの缶がぶつかり合う。
「いやー、体育祭楽しかったね!」
「うん! すごく盛り上がったし!」
「それにしても、最後のリレーはすごかったよな」
翔がコウを見ながら言う。
「お前、どんなトレーニングしてんだよ」
「別に何もしてねぇよ」
コウはジュースの缶を口に運びながら淡々と答える。
「まぁ、コウらしいよね」
セイラがクスクス笑う。
千織も微笑みながら続ける。
「でも、本当にありがとう。コウのおかげで、青チームが優勝できたよ」
「…別に、俺は何もしてない」
「もう、またそれ!」
笑い声が飛び交う中、コウは静かにその空間を眺めていた。
──悪くない。
少しずつ、この学園での日常が馴染んできている気がした。
────────
騒ぎが落ち着いた頃、コウは外の空気を吸おうと学園の外へ出た。
人気のない校庭を抜け、部室棟の方へと歩く。
空には満月が浮かび、静かな夜風が吹いていた。
(…少し散歩でもするか)
コウは足を進める。
しかし、その瞬間だった。
──カツン。
異質な足音が響く。
「……誰だ」
警戒しながら辺りを見回すと、月明かりの下に黒い影が立っていた。
「見つけたぞ……''メイリア''…否、今は夏葉瀬コウと言ったか」
禍々しい気配を纏った男が、そこにいた。
──「我が主の命により、お前を始末しに来た」
────────
「……主?」
コウは眉をひそめた。
「…お前の主は、俺を知っているのか」
「当然だ。我が主はすべてを見通している」
使者の声は低く、冷たい。
「貴様は、神に仇なす存在。ゆえに、この地で消えるべきだ」
次の瞬間、空気が震えた。
使者の手がかすかに動く。
その瞬間──
──刹那、コウの肩が裂けた。
「っ……!」
遅れて、痛みが襲う。
何が起こったのか、見えなかった。
(速い……!)
だが、それだけではない。
コウは、自分の体が思うように動かないことに気づく。
(……呪いのせいか)
かつて世界を震わせた力は、失われている。
使者は容赦なく追撃を仕掛けてくる。
「くっ……!」
コウは必死に身をかわすが、避けきれない。
腹に衝撃が走る。
地面に叩きつけられ、呼吸が詰まる。
(このままだと……)
じりじりと追い詰められていく中、ふと視界の隅にあるものが映った。
──剣道部の部室。
扉の向こうに、竹刀が何本か置いてあるのが見えた。
(……あれなら)
コウは迷わず部室の中へ飛び込む。
使者もそれを追うように足を踏み入れる。
「逃げ場はない」
コウはゆっくりと竹刀へと手を伸ばす。
(今の俺は、刀を振るえるのだろうか)
迷いが脳裏をよぎる。
(……今は考えている暇はない)
やるしかない。
刀の柄を握る。
──その瞬間、世界が揺れた。
────────
「……!」
コウの髪が、風に舞う。
次第に長くなり、腰まで伸びていく。
刀が、雷を纏う。
部室の空気が一変する。
「これは……!」
使者が僅かに後ずさる。
コウの目が、雷光のように鋭く光る。
(思い出せない……だが、確かにこの感覚を知っている)
竹刀を構える。
一歩踏み出す。
──雷鳴が、轟いた。
───────
「……っ!」
その光景を、先生は見ていた。
学園の門の近くにいた先生は、異様な気配を感じてここまで来た。
そして、目の前に広がる光景──
雷を纏った刀を振るうコウの姿。
先生は、言葉を失った。
「……」
俺はこの姿を、知っている。
かつて、戦場で共に並び立ったときの姿。
だが、自分はそんな記憶を持っていないはずだった。
(……俺は、知っているのか?)
胸の奥に、説明のつかない感覚が広がっていく。
────────
コウはそんな先生の視線には気づいていなかった。
刀に雷を纏い、神の使者と対峙する彼は──
ただ、戦いに集中していた。
──すべては、次の刹那に決まる。
閲覧ありがとうございました。
誤字脱字等ありましたらすみません。