駆け抜ける意志
「位置について──」
グラウンドに緊張が走る。
千織は拳を握りしめ、小さく息を整えた。
──絶対優勝させてやるから。
コウの言葉が胸に残っている。
「よーい……ドン!」
スターターの合図と共に、第一走者たちが一斉に飛び出した。
砂煙が舞い、歓声がグラウンドに響き渡る。
青チームは、現在2位。
トップはセイラのいる紫チーム。翔のいる赤チームが僅差で続く。
「頑張れ!」
「千織、準備して!」
「…うん!」
第一走者が迫る中、千織は自分の前のレーンに立った。
練習では、バトンパスの遅れが気になっていた。
(落ち着いて……大丈夫、やれる)
青チームの第一走者が全力で駆け、千織へとバトンを渡す。
成功。
千織は走り出した。
風を切る感覚。
(速く、速く……!)
赤チームの選手と並びながら、前を走る紫チームの背中を追う。
そして、次の走者が待つ場所へと近づく。
そこには──
コウがいた。
「コウ!」
千織は精一杯腕を伸ばし、バトンを渡す。
コウはそれを確実に受け取ると、すぐに加速した。
「……!」
一気にスピードが上がる。
そのまま前を走る赤チームの選手を抜き、1位でバトンを次へと渡した。
「すげぇ……」
「青チーム、一気にトップに出たぞ!」
観客席から歓声が上がる。
このままいけば、優勝も見えてくる──。
しかし。
青チームの4走目が走り出した直後、事件が起こった。
「きゃっ……!」
青チームの選手が、バランスを崩し、転倒。
会場がざわめく。
「大丈夫か!?」
「くそ……!」
その間に、紫チーム、赤チーム、緑チームが次々と追い抜いていく。
青チームは、最下位に転落。
「もうダメだ……」
「ここからじゃ……」
青チームのメンバーの中から、諦めの声が漏れ始める。
千織も「もう…勝てないのかな…」と呟く。
不安そうに祈る千織にコウがビシッと人差し指を指す。
「そんな顔するなよ。言ったろ、絶対優勝させてやるって」
静かに、しかし力強くコウが言った。
千織が息を呑む。
(……コウ)
いよいよリレーも終盤。
ケンがバトンを受け取る。
「コウ!」
ケンは全力で走り、コウへとバトンを託した。
「頼んだぞ!」
──次の瞬間、風が走った。
コウが、爆発的な加速を見せる。
「…はえぇ!」
「流石コウ!」
青チームのメンバーが息を呑む。
トップとの差は大きい。
だが、コウは一歩ずつ、その距離を縮めていく。
──紫チームの背中が見える。
セイラが気づき、必死にスピードを上げる。
しかし、コウの速度はそれを上回った。
「うそっ……!?」
「青チーム、追い上げている!!」
観客席がどよめく。
そして──
ゴールテープが、目前に迫る。
コウは最後の一歩を踏み出し、
──先に、テープを切った。
「……っ、優勝は、青チーム!!!」
青チームの逆転優勝。
「うおおおおおお!!!」
「すげえええ!!」
青チームの生徒たちが歓喜の声を上げる。
千織は目を潤ませながら、コウを見つめた。
「……本当に、優勝した」
そう呟く千織にコウは手を出す
「…ん」
「…!えへへっありがとう、コウ!」
コウと千織はハイタッチをする。
相変わらずコウは無表情だがその表情からは喜びが感じられた。
集まってきた友人達と労いの言葉を掛け合いながらコウは空を見上げた。
──青空が、どこまでも広がっていた。
─────────
体育祭、終了後
夕焼けが海を照らす。
コウと先生は、並んで帰路を歩いていた。
「体育祭、どうだった?」
「悪くなかった」
コウは静かに答える。
先生はそれを聞き、口元に微かな笑みを浮かべた。
しばらく、沈黙が続く。
海の音だけが響く帰り道。
やがて、コウがふと呟いた。
「先生、弁当、ありがとう」
先生は一瞬、足を止める。
「……」
そして、静かに歩き出した。
「どういたしまして」
潮風が吹き抜ける。
この帰り道は、ただの道ではない。
先生にとっても、コウにとっても──
「帰る場所」へと続く道だった。
閲覧ありがとうございました。
誤字脱字等ありましたらすみません。