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蒼炎の刃  作者: 夏目
13/17

帰る場所

昼休憩の時間。


グラウンドの中央では、生徒たちが楽しげに弁当を広げていた。


「お母さんが作ってくれたんだ!」


「えー、いいなー! 私のお弁当も見てよ!」


「お前の親父、相変わらず肉ばっか入れてんな!」


賑やかな笑い声が飛び交う。


その光景を、コウはグラウンドの隅の木陰から静かに眺めていた。


(……家族)


それは自分には縁のないものだった。


誰かと並んで弁当を食べること。


手作りの料理を分け合うこと。


当たり前のように会話を交わし、笑い合うこと。


──そんな時間を、俺は知っていたか?


記憶の奥に、何かが引っかかる。


遠い昔のような、夢のような感覚。


かすかに覚えている。


''天穹の邦''──。


高く聳える雲の城。

澄んだ空気の中で響く、母の優しい声。


──「コウ、ご飯ができたわよ」


──「今日は父さんが狩ってきた鹿肉のシチューだ」


──「一緒に食べよう!コウお兄ちゃん!」


温かく、柔らかな時間。


だが、次の瞬間。


赤い炎と、血の匂い。


「……っ」


コウは、無意識に拳を握りしめた。


思い出せない。


覚えているようで、覚えていない。


ただ、確かなことは──


「家族」は、もういない。


この世界に、俺を迎えてくれる家はない。


──だから、俺はここにいる。たった一人で。


「……コウ」


ふいに、名前を呼ばれた。


木陰に影が落ちる。


顔を上げると、そこには先生が立っていた。


手には、2つの弁当箱。


「……それは?」


「弁当だ」


(それは見たらわかるって…)


「誰の?」と聞く前に先生は迷いなく、コウの隣に座ると、1つの弁当箱の蓋を開けた。


卵焼き、焼き魚、漬物、白米──


どれも、昨日スーパーで見たものばかりだった。


(……昨日の食材)


コウはそこでようやく気づいた。


「……俺のため?」


「当たり前だろう」


先生は淡々と答える。


「お前がいつも、売店のパンだけで済ませているのを知っている」


「……」


「体育祭の日くらい、そんな寂しい顔をするな」


先生の言葉が、胸の奥にじんわりと染み込んでいく。


コウは黙って弁当を見つめた。


(……どうすればいい)


迷っていると先生が弁当箱を差し出してきた。


「自信作なんだ。感想を聞かせてくれ。」


「……」


先生の声に促され、コウは静かに箸を取る。


焼き魚を口に運ぶ。


優しい塩気と、炭火の香ばしさ。


卵焼きは、ほんのり甘い。


それを白米と一緒に噛みしめると、不思議と胸の奥が温かくなった。


「……美味しい」


「だろう?」


先生はどこか得意げに腕を組む。


コウはその姿を見て、少しだけ口元を緩めた。


そんなコウを先生は見つめながら口を開く。


「お前が何を好むのか、何を嫌うのか、俺はまだ知らない」


「……」


「だから、お前のために作るなら、まずは知ることからだろう」


先生の目は、まっすぐだった。


まるで、コウという存在そのものを知りたいと言っているように。


「……どうして、そこまでするんだ?」


「……さあな」


先生は少し考え込んだ後、静かに言った。


「本当の家族にはなれない。俺も、お前も」


「……」


「だが、お前が帰る場所がないというのなら──帰る家くらいは、作ってやりたい」


帰る家。


その言葉が、コウの胸の奥に響いた。


(俺に……帰る場所がある?)


かつて、俺には家があった。


だが、それは燃え、壊れ、跡形もなく消えた。


その悲しみが、俺を戦場へと駆り立てた。


──魔物と化した妹を、自らの手で殺したあの時から。


俺には、何もなくなった。


ただ、戦うことだけが残った。


けれど。


今、この手の中には──


ほんのりと温かい弁当がある。


「……そう」


コウは静かに箸を進める。


それを見て、先生はゆっくりと視線を落とす。


(この青年に、家族の暖かさを知ってほしい)


本当の家族にはなれない。


けれど、せめて。


帰る家があるという安心感だけでも、与えられたら──。


先生は、静かに弁当の蓋を開ける。


風が吹き抜ける。


2人を見守るように、木漏れ日が差し込んでいた。

閲覧ありがとうございました。

誤字脱字等ありましたらすみません。

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