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蒼炎の刃  作者: 夏目
11/17

手を伸ばす理由

──体育祭前日。


柳田学園は、朝からどこか落ち着かない雰囲気に包まれていた。


生徒たちは最後の練習や準備に追われ、教室もグラウンドもいつも以上に賑やかだ。


そんな中、校門へと続く坂道を歩く二つの影があった。


「……朝から騒がしいな」


「前日だからな。お祭りみたいなものだ」


坂道を登るコウと先生。


先生の家から学園までは、それほど遠くない。


海沿いの道を抜け、住宅街を横切り、この坂を登ればすぐだった。


コウは静かに歩きながら、先生の横顔をちらりと見た。


(不思議なものだ)


ほんの数日前まで、自分がこの人と共に暮らすことになるとは思っていなかった。


先生もまた、普段と変わらない表情のまま、時折海の方へ視線を向ける。


そんな二人の姿を、学園の正門前で見ていた者たちがいた。


「……あれ?」


千織の目が大きく見開かれる。


「ねえねえ、あれって……」


セイラが驚いたように指をさす。


翔が目をこする。


「……うそだろ?」


坂を登ってくるコウと先生。


「コウ、先生と一緒に登校してる!?」


「お前、いつの間にそんな関係になったんだ……?」


翔が妙な方向に話を飛ばそうとした瞬間、千織がすかさずツッコミを入れる。


「絶対違うから!!」


コウはそんな騒ぎに気づいたのか、無言のまま近づいてきた。


「……何でそんなに騒いでるんだ?」


「そ、それはこっちのセリフ!」


千織が勢いよく詰め寄る。


「なんで先生と一緒に登校してるの!?」


「……一緒に住んでるからだ」


「……は?」


「だから、俺は今、先生の家にいる」


「えええぇぇ!?!?」


千織、セイラ、翔の三人が揃って叫ぶ。


「どういうこと!? いつから!? なんで!?」


「住んでいたアパートが取り壊されたからだ」


コウは淡々とした口調で答える。


「行く場所がなかったから先生の家にいる。ただそれだけだ」


「いや、それだけって……先生、いいんですか?」


千織はセンセイの方を振り向いた。


先生は軽く肩をすくめる。


「特に問題はない。コウ一人くらい、置いてやる余裕はある」


「先生、優しい!見直したよ!」


セイラが感動したように目を輝かせる。


「いやいや、それにしても驚いたよ……」


翔が頭を抱えながら呟く。


千織は少し考え込むようにコウを見つめた。


「……それで、ちゃんとご飯とか食べてるの?」


「食べてる」


千織はじっとコウの顔を見つめる。


「ほんとに?」


「あぁ」


「嘘ついてない?」


「…ついてねぇよ」


「……怪しいなぁ」


千織の疑いの目を避けるように、コウは静かに顔を背けた。


「……とにかく、俺は問題ない」


「……ふーん」


千織は何か言いたげだったが、結局それ以上は追及しなかった。


─────


放課後。


「買い物に行こう」


先生に言われ、コウは近くのスーパーに連れ出された。


「……何を買うんだ?」


「夕飯の材料だ」


「……」


夕飯。


言葉通りに受け取るなら、今夜の食事のための買い物ということになる。


しかし、先生の歩き方にはどこか迷いがなかった。


まるで、最初から買うものが決まっているかのように、肉や野菜、卵を手際よくカゴに入れていく。


(…メモも持ってねぇのに)


コウは訝しんだが、口には出さなかった。


「お前の好みもあるだろうから、何か欲しいものがあれば選べ」


先生がそう言いながら、パンや果物の棚を指さす。


「特にない」


「そうか」


先生は一瞬だけコウを見つめ、再びカゴを満たしていく。


そして──ふと、弁当のコーナーで立ち止まった。


そこに並ぶのは、色とりどりの手作り弁当セット。


コウはその横を通り過ぎようとしたが、先生は無言のまま卵焼きをカゴに入れた。


「……」


何かを考えているような表情を浮かべながら、先生は最後に海苔と漬物をカゴに加える。


(……夕飯の材料にしては不自然なものが多いな)


コウは思ったが、深く追及することはしなかった。


──────


先生がなぜ弁当の材料を買ったのか。


コウは知らない。


──先生は見ていたのだ。


いつも、昼休みになると生徒たちが弁当を開き、家族に作ってもらった料理を囲んで楽しそうに談笑する光景。


その中で、コウはいつも一人売店で買ったパンを、静かに食べていた。


特に気にしている様子はなかったが、先生の目には、それがほんの少しだけ寂しそうに映った。


──少なくとも、体育祭の日くらいは、そういう顔をさせたくなかった。


だから、先生はコウの弁当を作るつもりだった。


建前は「夕飯の材料」だが、実際には弁当の材料を選ぶために、コウを連れてきた。


何が好きなのか。何が嫌いなのか。


──知りたかった。


コウのことを、もっと。


理由は分からない。


ただ、そう思ったのだ。


先生はちらりとコウの横顔を見る。


コウは特に気づくこともなく、淡々と歩いていた。


「……」


先生は微かに微笑むと、静かに袋を持ち直した。


夜の風が、二人の間を優しく吹き抜けていく。

閲覧ありがとうございました。

誤字脱字脱字等ありましたらすみません。

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