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蒼炎の刃  作者: 夏目
10/17

雨の夜に

お久しぶりです。

これからぼちぼち投稿していきます。

体育祭まであと三日。


グラウンドでは、リレー以外の競技の練習も本格化していた。


「はい、玉入れのチーム、こっちに集まってー!」


「綱引きの練習、次のチーム交代!」


活気に満ちた声が飛び交い、生徒たちの熱気が夜風に乗って広がる。


コウも練習に参加していたが、どこか気がそぞろだった。


──今夜、俺はどこで寝るんだろうか。


柳田荘。


一人で暮らしていたあの小さな部屋が、老朽化の為今日をもって取り壊されることになった。


数日前、管理人から告げられた時は特に何も感じなかった。


(ただここを出るだけのことだ)


それだけの話だったはずなのに。


いざ現実となると、行く当てもなく、思いのほか途方に暮れていた。


(別に、どこでもいい……どこで寝たって構わない)


そんなことを考えながら、校門を出た瞬間だった。


ぽつ、ぽつと、冷たい感触が頬に落ちる。


「……雨」


気づけば空は灰色に染まり、すぐに雨脚は強くなった。


生徒たちは慌てて傘を開くか、校舎へ引き返していく。


コウはその場に立ち尽くし、しばらく雨を眺めていた。


──行く場所がない。


足を向ける先がないという現実が、今になって重くのしかかる。


ポケットに手を突っ込みながら、ふらりと歩き出した。


───────


たどり着いたのは、あの廃教会だった。


屋根が崩れかけた礼拝堂。割れたステンドグラス。


壁には苔が生え、かつて人々が座っていたであろう木製の椅子は朽ちかけている。


(ここなら、雨はしのげる)


静かに腰を下ろし、ぼんやりと天井を見上げた。


──戦場での夜を思い出す。


雨の降る野営地で、仲間と焚き火を囲んでいた記憶。


濡れた衣服を乾かしながら、誰かと交わした言葉。


「……」


誰か、いた。


俺のそばに、いつも……


ふと、雨音の中に足音が混じるのを感じた。


「こんなところで何をしている」


低く、静かな声。


コウが顔を上げると、そこには先生が立っていた。


「先生?」


先生はコウをじっと見つめる。


雨に濡れた髪を払いながら、教会の奥へと歩み寄った。


「……どうしてここに?」


「お前を探していた」


「……俺を?」


「ああ。お前が住んでいたアパートが取り壊されると聞いた。それで、今日の放課後からお前の姿が見えなかったからな」


先生はふっと息をついた。


「案の定、こんなところにいるとはな」


「……」


コウは何も言わなかった。


何か言うべきなのかもしれないが、言葉が浮かばなかった。


先生はしばらくコウを見つめた後、静かに言った。


「家が見つかるまで、俺のところに来い」


コウの眉がわずかに動く。


「…先生の家に来いって?」


「あぁ」


先生は少し笑う。


「別に広い家ではないが、お前一人くらいなら置いてやれる」


「……」


コウは一瞬だけ考えた。


だが、拒む理由もない。


雨音だけが響く中、コウは静かに頷いた。


──────


先生の家は、学園から少し離れた海の見える場所にあった。


派手さはないが、どこか温もりを感じさせる家。


窓を開ければ潮の香りが漂い、遠くに波の音が聞こえる。


「好きに使え」


先生はそう言って、空いている部屋を指し示した。


部屋には簡素なベッドと机、それに本棚が一つ。


だが、不思議と落ち着く空間だった。


「……ここでいい」


「そうか」


先生は軽く頷き、ソファに腰を下ろした。


コウもベッドに座る。


「……そういえば」


先生がふと口を開く。


「昔も、こんなことがあった気がする」


「……昔?」


「そうだな。あまりよく覚えていないが、誰かがずぶ濡れになって、俺のところに転がり込んできたことがあった」


先生はどこか懐かしむように目を細めた。


「その時も、こうして部屋を貸した」


コウは、その言葉を聞きながら、ふと感じる。


──自分も、それを知っているような気がする。


だが、それがいつの記憶なのかは分からない。


先生はコウを見つめながら、ふっと小さく息を吐いた。


(……なんなのだろうか、この感覚は)


この青年を見ていると、心の奥底に何かが引っかかる。


懐かしいような、温かいような、それでいて掴みきれない感覚。


だが、記憶を探ろうとしても、何も思い出せない。


「……そんなことがあったんですか?」


コウがぼそりと呟く。


先生は静かに笑った。


「あぁ、一体…誰だったんだろうな」


このやり取りすら、以前どこかで交わしたことがあるような気がする。


だが、それもまた、記憶の霧の向こう側にあるものだった。


コウはゆっくりと目を閉じる。


(ここは……居てもいい場所なのかもしれない)


不思議と、そう思えた。


窓の外には、雨の匂いと、遠くに響く波の音が満ちていた。

閲覧ありがとうございました。

誤字脱字等ありましたらすみません。

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