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「シオン、たった三ヶ月でよくその三手の剣理に到達したな。俺が教えられるのはその三手だけだが、これからも精進し続けろよ!」
「ありがとうございます!」
シオンは、あの日カルシスが見せてくれた剣技に憧れ、この三ヶ月間、愚直に木剣を振ってきた。とはいえ、たった三手という事に不安を感じていたのでキャスを羨ましく思ったのだ。
だが、シオンが思うより、そのたった三手の型は有効で、使ったシオンさえ想像だにしなかったほどであった。
「どうだキャス、シオンの剣を受けて自分に足りないものが分かっただろう!」
普段からキャスの練習不足を快く思っていなかったカルシスは、ここぞとばかりに説教を始めた。
「あ〜もう、うるさい!うるさい!
シオンの所為だからね! 覚えておきなさいよ!」
そう言ってキャスは、シオンの横を抜けて自分の家の方へ走って行った。
「シオン済まない、今日はこれまでだ!」
カルシスは、シオンの返事を待つことなく慌ててキャスを追いかけていった。
残されたシオンは、キャスとすれ違った時にキャスの瞳が潤んでいたような気がして、なぜか胸が痛み、初勝利の高揚感も消し飛んでしまった。
それでも、いつもの様に昼の鐘がなるまで練習を止めなかった。
シオンは、キャスとの仲に不和が生じたか、と心配だったが、キャスの機嫌は悪いどころか、次の日には、シオンの窓に小石を投げて呼び出してきた。
仲良くなったここ最近、窓越しに偶然顔を合わせると窓越し話しをすることがあったが、態々呼ばれたのは初めてで、パジャマ姿のキャスに何となく気恥ずかしさを覚えた。
「ねぇ、シオンはこの街の出身でしょう?」
「うん、そうだよ」
シオンが返事をすると、キャスは思いがけないことを言いはじめた。
「じゃあさじゃあさ、抜けずの聖剣って知ってるでしょ?」
「え? 何それ、知らないよ?」
「えっ! ウソっ! 有名なんじゃないの?」
「いや、ごめん知らない」
キャスのがっかりした声に、シオンは何故だか謝ってしまった。
「何よ、別に謝らなくてもいいわ。
それより知らないなら教えてあげるけど、十年くらい前から、南の森の入口を少し入ったところにとても綺麗な剣が突き立ってるんだって!
それでね、その剣はこの十年、誰が抜こうとしてもびくともしないから聖剣じゃないかって言われてるんだって!」
「ホントに? なんかよくあるインチキ臭い話だなぁ〜
そんなのキャスは誰から聞いたの?」
「なによ馬鹿にして! 誰でもいいでしょ!」
「ごめんごめん、馬鹿にした訳じやないよ。何?キャスはそういうの興味あるの?」
キャスが誰から聞いたかを明かさない事に、シオンの胸はなんだかチクッとした。
「馬鹿にした訳じやないならいいわ。
そうねーちょっと面白そうじゃない?」
「その話は知らなかったけど、南の森なら行った事あるし、よかったら今度の僕の休みの日、一緒に行ってみる?」
「えー! 行きたい行きたい!」
「よし、じゃあそうしよう。ちょっと距離があって昼までに戻れないと思うから、パンになにかを挟んで持っていこう!」
「いいねぇそれ! わぁ楽しみだなぁ〜
…ん?誰か呼んでるみたい、じゃあ約束だからね!破ったら怒っちゃうからね!
それじゃおやすみなさい!」
キャスはそう言うと、シオンの返事も待たずに慌ただしく窓をしめた。
唐突な会話の終了にシオンは少し寂しさを感じたが、キャスの喜ぶ顔を思い出すと、なんだか嬉しくてよく眠れるような気がした。
そんな二人のもとに、休日はすぐに訪れた。
シオンは何故かいつもより早く目が覚めたので、ハムとピクルスをパンに挟んで昼食にしようと二人分用意した。
他にもいくつかの準備をすませた頃、外で鳥が鳴き始めたので、窓を開けた。
ちょうど向かいの窓も開いて、まだ眠そうなキャスが顔を出した。
「きゃあ!
びっくりした... シオンも起きてたのね?
そうだ今日、何時に出る?」
起き抜けながら、可愛く笑うキャスに「今すぐ!」と答えたかったが、女の子の準備は時間が掛かると聞いていたシオンは、キャスに任せることにした。
「おまたせ〜、さっ行こう!」
シオンが、キャスの準備を待つ間にと、湯を沸かして水筒に茶を作り、具を挟んたパンと二人分のカトラリーをカバンに入れ、後は何をするかとベッドに腰掛けていると窓からキャスの声がした。
シオンも窓越しに返事をして部屋を出たが、ふと思い直して部屋に戻り、引き出しを開けた。
引き出しには、ナイフと短剣があり、ナイフを取り出してカバンに入れた。短剣はシオンが孤児院に来た時に唯一、身に着けていた物だったが、すでに錆ていた為、シオンの所有物と認められたもので、ナイフは貯めた報酬で最近やっと買えた新品のものだった。
行き先が森なので、木の実や山菜、果実などなら取れるかもしれないと思ったのだ。
そして何より、具を挟んで膨れあがったパンにキャスが齧りつく想像ができなかったのだ。
「遅いよ、シオン!」
ホンのちょっとお互いの部屋から早く下りたキャスが、今までシオンが待った時間は無視して言った。
「ごめん、ごめん?」
何かが腑に落ちないながらも、思わずシオンは謝った。
そんなシオンの態度に、キャスは花が咲く様な笑顔を見せ、それみたシオンは、何も言えなくなった。