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オレンは身体の震えを抑える為に、自らの腕を抱きしめた。
目の前の机の上では蝋に火が灯り、酒の入った木のカップの中で揺られていた。
静寂の中でのことであったが、それは直ぐに破られた。
遠くで馬蹄の響きを聞いた気がし、身体を冷やさぬようにと支給された一杯きりの酒を煽ると、刀を手にとり戸を開けた。
不思議なことに、冷たい夜の外気に触れたにもかかわらず、あれほど震えていた身体もピタリと治まり力を取り戻した。
そのことでオレンは如何に自分が緊張していたかに気付かされた。
馬蹄はみるみると大きくなり、野太い男の叫び声も聞こえてきた。
オレンは、門とも呼べぬ柵の前で自作の木槍を構える村人達を見ながら、当初の打ち合わせのとおりに喧騒とは真逆にあるもう一つの村の入り口に向かった。
暗闇に目を凝らす見張りの村人に鍔鳴りで配置についた事を知らせたオレンは、昼に作った柵の仕掛けを確認すると身を伏せた。
村人達の作戦は、盗賊団の殺到する門を表とし、そこで膠着状態を作ることによって、裏門へと派遣される盗賊の斥候を討つことで徐々に数を減らすことだった。
その為、門の無い面の柵は乗り越えられないように二重に、しかも高く作られた。
その右辺を狩りを生業にする村人親子が屋根から狙い、左辺にオレンが陣取り、仕掛けを使ってこっそりと村の外に出て斥候を斬る作戦にしたのだった。
この方法で、最低でも四人討てば、盗賊との数は完全に逆転するので後は守りを固めるだけでも勝てるだろうとふんだのだ。
村人達からすれば、勝ちとは守り切ることであり、討伐する事ではないのだから、これで大丈夫だと考えたのだった。
作戦は上手くいっていた。
オレンはすでに二人の盗賊を斬っていた。
こちらの予想通り、表門の状況が膠着すると盗賊団は斥候を出した。
一人目は右周りで行ったらしく、あらかじめ決めた合図、揺れる松明により狩人の成功を知った。
一先ずの成功に安堵していたオレンの前の闇を盗賊が一人、走っていった。
オレンは直ぐ様、仕掛けの柵から外にでて、村の裏門を隠れて観察する男の後ろに立つと、有無を言わせず斬りつけた。
右肩口から斜めに入ったオレンの刀に、驚きの表情で振り向いた賊に、止めとばかりに左肩口から再度斬りつけると心の臓に達したか、賊は痙攣しながら倒れた。
オレンの身体は物凄く酸素を欲しがった。
刃が敵に入り、抜けるまで身体は軽く楽に動いたが、それは偏に日々の修行の賜物であろう。
しかし、斬り伏せた敵が、痙攣から倒れ込む姿を見て、オレンは自身も全身が硬直するのを感じた。
呼吸の仕方さえ忘れたかと思うほど息苦しく、その場を離れようにも、足も腕もまるで凍りついたかの如く動かす事ができなかった。
それでも合図をしなければと、刀を鞘に戻そうとするが震えで鞘には入れられず、仕方なく刀を地に差したが、柄を握る指を剥がすのも一苦労であった。
それでも何とか合図を送り、仕掛け柵から中に戻ろうとしたが、一歩遅く、前から次の賊が迫ってくるのが見えた。
「あ、てめえ殺りやがったな!」
賊はオレンと仲間の死体に気付くと直ぐ様、剣を抜いてオレンに向けた。
賊の構えは素人臭さの残るものだったが、その気迫から荒事に慣れている雰囲気は伝わってきた。
対するオレンは一人斬ったとはいえ、斬り合いともなれば初めてのことであり、身体に緊張が走るのを感じていた。
「死にやがれ!」
迫りくる賊の剣を何とか躱し、一太刀返すが、身体の崩れた一刀のこと、あっさりと賊の男の剣に防がれた。
男はその一太刀にオレンの力量を見たか、ニヤリと笑うと、勇猛果敢に何度も剣を斬りつけてきた。
オレンも、慌てながらも一合、二合と打ち合わせて身を守った。
防戦一方のオレンの様子に男は気を良くしたか、更に猛然と手数を増やしてきた。
何回となく剣と刀が撃ち合う中で、オレンは不思議な感覚を持ち始めていた。
いつもの訓練のカンの木剣に比べ、賊の持つ本物の剣はにぶく光り、オレンの心胆を寒しかめるものであったが、その剣から繰り出される技は、カンの数倍、数十倍も劣るものであり、欠片も恐怖を感じ無かったのである。
それでも最初は当たれば怪我すると思い、避け受けを万全にと相対したが、十数合と重ねるうちに全ての恐怖は何処かに飛んでいってしまっていた。
「そこっ!」
亀のように固まるオレンに痺れを切らした男の大振りの一剣に、カンに教わった反らしの技を合わせて男の身体を開かせて、返す一刀を唐竹にみまった。
男の鼻先から縦に腹下まで割いた一刀は男を絶命されるに十分な威力であったようで、驚愕の表情を貼り付けたまま、男は大の字の状態で後ろへ倒れて砂を舞わせた。
こと切れた賊を見ても、オレンはもう身体が動かなくなることは無かった。
直ぐ様、松明に火をつけて合図を送ると火を消して柵の中に戻り座り込んだ。
オレンはすっかり疲れてしまった。
どれ程の間、闘っていたのだろうか?
カンとは線香が燃え尽きるほどの間、撃ち合うこともある。
その訓練を思えば、大したことのない時間だったと思う。
だが疲れた。
オレンは疲れ切っていたのだった。




