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「オレン兄、こないだの件だが、やはり白掌剣は難しい…
代わりと言っちゃあなんだが、俺が始めに学んだ刀術なら伝授できるんだが…?」
「カン弟、無理を言って済まなかったな、行商の護身にと思っていただけだから俺には刀術でも有難いよ」
「そう言ってもらえると助かる…
これは昔使っていた刀だが、練習用に使ってくれ」
「おう、刀まで…
有難く借り受けるよ、師匠!」
「オレン兄、冗談でも師匠なんてやめてくれ…
あくまで白掌剣の代わりなんだから、師匠呼びは困るよ…」
「分かった、分かった、よし早速頼むぜ先生!」
カンはオレンの先生呼びにも困った表情を浮かべたが、オレンは何処吹く風と、受け取った刀を早速とばかりに振り回すのだった。
風が唸る度に、大粒なのであろう雨が屋根や壁を打つ音が辺りに響いた。
何処かの家の子供の泣き声が、風の止む隙間を埋めるかのように同じく響く夜、編笠に蓑を纏った影がその家に駆け寄り、戸を激しく叩いた。
「カン弟、開けてくれ!開けてくれ!」
「オレン兄、どうしたんだこんな夜半に…?」
「何言ってんだ水くせえ!
ソルトが熱出して苦しんでるんだろ?
ほら、薬を持ってきた!」
そう言ってオレンは懐から油紙にくるんだ薬を出し、カンの胸に押し付けた。
カンとビン夫婦の間に生まれた子供、ソルトは数日前から体調を崩し、果てには高熱を出していた。
夫婦は侠を名乗っているだけあって、貧しい者などによく施しをしたりしているせいで、懐は寂しいものだった。
そうでなくても薬はとても高価であり、一村人には買うどころか売ってもらえること自体、あり得ない事であり、初めての可愛い我が子が苦しんでいても汗を拭いてやり、見守るしかできなかったのである。
「おう、ちょうど湯も沸いてるじゃねぇか!
早く煎じて飲ましてやれ!」
「でも、こんな高級品…」
戸惑うカンを見てビンが言った。
「オレンさん、恩にきます…
何としてもお返ししますからこの薬頂いてもいいでしょうか…?」
「バカなこと言ってないで早く薬缶を出しなさい。
カン弟もボサッとしてないでソルトの身体を起こしてやれ!」
嵐の吹きすさぶ、外と違い、薬缶の湯気が立ち上がる部屋の中はとても暖かいものであった。
「オレン兄、今の振りはいいぞ!」
「そう言いながら余裕で返すじゃないか!」
カンの剣とオレンの刀が火花を散らすのを、ソルトが近づかないようにと抱きかかえたビンが笑顔を浮かべ見ていた。
「オレン兄さんの刀術は、相手が二つ名持ちのような人でもなければもう負けないわね!」
ビンの言葉にカンも同意するように笑った。
「この二年、カン弟にみっちり鍛えられたからな、そう言ってもらえるのもそのおかげだよ!」
ビンから受け取った手拭いで汗を拭きながらオレンも笑顔で言った。
実際、オレンはこの二年の間に刀術の腕をメキメキと上げた。
教えるカンからみても、その習熟の速さはとても武術の素人とは思えないものだったが、オレン本人に聞いても経験は無いとの事だし、当初の刀の持ち方や構えは、とても刀術に触れたことのある者とは思えないものだった。
ただ、素の身体の動かし方がというか、一つ一つの技の狙いを掴む、感的なものが不思議な程、優れていたのだった。
オレンはその日、近くの村にいつもの債権整理に来ていた。
ただいつもと違い、まだ日の高いうちから何やら村に緊張のようなものが張り巡らされていた。
「おお、オレンさん、大変な時に来なさった…」
債権整理の相手の村長の言葉にオレンは怪訝な顔で言葉を返した。
「村の様子がおかしいようですが、何かあったのですか?」
オレンの質問に村長は話すべきか戸惑いを見せてから言った。
「うー、実は数日前から流れの盗賊団が近くを彷徨いていて、今日にも襲ってくるのではないかと戦々恐々としてるのだよ…」
「えっ?!」
「あんたも用が済んだら早く村から離れたほうがええ…」
「盗賊団って何人くらいなんですか?」
「見た数だけでも七人くらいはおった…
総数は少なくてもその三倍はいそうじゃな…」
この村の村人は老若男女合わせて八十人程である。だが、そのうち戦いに向かえる者は二十人程であり、それは賊とほぼ同数だが、他に補助ならできる村人もおり、それを数えれば戦い慣れした盗賊相手でもどうにかできそうである。
オレンは一瞬そう感じたが、田舎の小さな村では怪我人が多く出るだけで生産性が落ち、それは村にとって死活問題になりかねないことであることに気が付いた。
「今日、明日にもってことなら私も防衛を手伝わせて下さい!」
侠たるカンとの付き合いがか、修めた刀術がか、オレンにそんな言葉を吐かせた。
「おお、若い者は何人いても助かる!ぜひ頼まれてくれますか?!」
頭を下げる村長にオレンは自信満々に応えるのだった。
オレンからしても村の帰りに待ち伏せされるくらいならば皆で村で迎撃する方が理があるのだが、この時のオレンは純粋に村を守る気持ちに溢れていた。
そうしてオレンは村長の家を出ると、村の若者に交じって柵の修理など迎撃の準備に参加した。
一通り、準備が終わるとあてがわれた小屋で刀の手入れをしながら夜を待つのだった。
賊の襲撃は正にその日の日暮れだった。




