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 その日、シオンは滝の音を身体に受けながら日課の瞑想をおこなっていた。


「書」の剣技を全て納めた結果、物理的に剣を振るうだけでなく魔力の体内循環こそが剣の威力を高めることに行き着いたのだった。


 目を閉じ、今まで闘った相手を思い浮かべ、会得した「書」の剣で相対す、午前中はだいたいそんな日々を過ごしていた。


 瞑想の中でシオンは、ギュウチや間王、ダルローだけではなく、カルシスやロウとまで闘った。


 すぐにギュウチなど物の数ではなくなり、ひと月もすればダルローやカルシスが相手でも危なげなく制する事ができるようになった。


 間王の技は数手しか知らなかったので、その全てを完封できる様になるのにさして時間はかからなかったが、ロウが相手の場合は「書」の剣技と似通った技の多くから攻略に時間がかかった。


 思い返せば思い返すほどロウの剣技と「書」の剣技は似通っており、逆に何度読んでも解読できなかった「書」の剣技が、ロウの動きを思い出すことで剣理が見えてくることもしばしばあった。


 そんな「書」の剣技であったが、比べれば比べるほどロウの剣技より深く、多彩であり、瞑想の中での闘いでも最後にはロウの剣技を破る道筋が見えてくる事が多かった。


 そんなこんなで何百戦をも繰り返す日々を過ごしていたのだった。







 そんな瞑想中のシオンの真ん前で、突如、轟音が響き渡り、数多くの水飛沫がシオンの顔を叩いた。


 あまりの突然の出来事に、坐禅を組んでいた岩から池に落ちたシオンが顔の水飛沫を拭いながら起き上がってみれば、何かが滝口から落ちてきたのであろう、大きな塊がプカプカと池の中程へと流されていくところであった。


 それは目を凝らして見れば、人のようにも見えてきて、シオンは慌ててその場に向かった。


 流され浅瀬に打ち上げられたそれにシオンが追いつき確認すれば、やはりそれは人であり白髪混じりの男のようであった。


 生きているのかも分からない状態のその男を池から引っ張り上げて草の上に寝かすと、男が身動いた気がした。


 しかしながら救命処置など知らぬシオンには、それ以上にできることなど無く、とりあえずと自身の野営地まで担ぎ、枯れ草を編んだベッドに寝かせた。


 暫く様子をみていたが、水も少量飲んだだけなのか、呼吸もすぐに安定してきて一刻を争う程の大事ではないようだった。


 ただ、軽く揺すったり、話しかける程度では意識を取り戻す様子も無く、体力の消耗が激しいのは見て取れた。


 シオンは暫く考えたが、この後の展開を考え、一人で拠点の小屋に戻ることにした。


 男の目が覚めた際に必要になるやも知れずと、男の枕元に熟れた果実を二つと、竹筒の水筒に水を入れて置いておいた。


 そうしてシオンは、もはや循環法を駆使すれば、お茶を飲み干すほどの時で戻れる拠点の小屋へと急ぎ向かうのであった。







 シオンが小屋に戻った理由は、「書」の扱いがあったからだ。


「書」の前の持ち主の日記には、「書」には人々が奪い合い、争いへと発展させるほどの魅力があると、抑々書かれていたので、新しい住人になるやも知れぬ男の目に触れさせることを懸念したのであった。


 シオンの場合は、この地に只々偶然に辿り着いただけであったが、あの男もそうなのか、はたまた目的があってこの地に辿り着いたのかが分からぬ以上、隠しておくべきと感じていたのであった。


 小屋の壁として積まれた石を一部どけて、「書」を嵌め込むと、石を戻して泥で崩れない様に固めた。


 そうして書を隠し、前の持ち主の物も目立たぬ場所に纏めて隠すと、シオンは野営地に戻った。







 シオンが、草で編んだ日除けの筵をどけてベッドを覗き込むと、男はいなかった。


 と、同時に後ろから刃物を首に当てられた。



「動くな!」



 年齢を感じさせる嗄れた声で告げられた命令だったが、シオンが焦ることは無かった。


 案の定、すぐに刃物を持つ手から力が抜ける様子と、そのまま足元へと崩れ落ちる男の気配を感じた。


 シオンは男を刺激しないようにゆっくりと振り向くと刃物を拾って胸の隠しにしまい、また意識が朦朧としている男の体を抱えてベッドへと寝かせた。


 この場にキャスがいれば、「そんな恩知らず、もうほっときなさいよ!」とでも言われそうだなと思うと、思わず笑みが浮かび上がりそうになるが、単にシオン自身も幾度も人の好意によって助けられた経験から男をほっとく事ができなかっただけであった。


 男は魘されながら長らく眠り続けた。


 若干、熱も出ているようだったので、池の水で冷やした布切れで顔を拭いてやったりして冷やした。


 時には水を、時には潰した果実の汁を男に飲ませて三日ほどを過ごした。


 男は言葉を発することはなかったが、シオンのやっている事は理解したようで、変な抵抗をすることはなかった。


 もっともそれは抵抗の意思ではなく、体力の問題だったのかも知れないが…







 この頃、シオンは日課である剣技の練習を野営地から少し離れた場所でおこなっていた。


 それは見られる見られないという事よりは、音や振動などを寝ている男に憚ってのことだった。


 シオンは何度か男の汗を拭くために、体を見ることがあったが、年の割に鍛えられた筋肉や様々な傷痕に、男は一廉の人物な気がして、自然と敬意の様なものを感じながら世話をしていた。


 今日の日課を終え、汗を拭きながら男のもとに戻ると、相当調子が良いのか、男は上半身を起こして竹筒の水を飲んでいた。



「ずいぶん世話になったな…」



 シオンは初めてしっかりと男の声を聞いた。






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