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その日の午後、シオンはカルシスから基本の三手を教わった。
正直、いつもの素振りとさして変わらない気がしたが、黙って指導を受けていた。
「不満な表情だな、よし見ていろよ!」
そう言ってカルシスは、シオンに教えた三手をゆっくりと繰り返した。
ゆっくりな動作だったので、カルシスの剣の向き、緩急の付け方、力の抜き足しなどがよく分かった。
繰り返されるカルシスの動きは、徐々に速度が上がっていった。それは同じ動作ながらもシオンのそれとはまるで別のものだった。
「どうだ、シオン 悟るものはあったか?」
「フフ、あったか?」
カルシスの言葉に被せる様に誂うキャスを睨みながら、シオンは、気付いた事を伝えた。
「それだけ見て取れたのならば最早、不満はあるまい。たった三手と思わずに、修練すれば必ず道は開けるぞ!」
「ひらけるぞ! ププッ」
「では、シオンは見たものを忘れないうちに、今の型をなぞりなさい。
それから…
キャス! こっちに来なさい!」
シオンは、これから説教が待つであろうキャスに「ザマァ」とジェスチャーを送ると、木剣を構えて目を閉じ、カルシスの動きを思い浮かべた。
そして、初めはゆっくりとカルシスの動きをなぞるように木剣を振り始めた。
カルシスは、シオンが繰り返す動きを数回みていたが、しばらくするとキャスの襟首を掴み、引きずりながらその場を去った。
剣に集中していたシオンは、二人が去ったことにも気づかず、何度も何度も同じ動作を繰り返した。
それは、シオンの足下の土が、汗で色が変わるまで続いた。
それからは、シオンの休日に合わせてカルシスが手ほどきをしてくれた。
キャスも毎回、付いてきていたが剣にさほど興味がないのか、見ているだけだった。
カルシスは、やらせたがっているようだったが、キャスはいつも適当にはぐらかしていた。
それでも、キャスとシオンの仲は、急速に良くなっていった。
キャスもシオンも理由は別だが、同世代の友だちがいなかったので、それは自然の理だった。
三か月ほどたったある日、珍しくキャスが木剣を持って、いまだ三手を繰り返すシオンの横に並んだ。
キャスが振るい始めた型は、シオンの三手とは別の動きだった。
時折、自慢気に目線を送ってくるキャスが羨ましくなり、シオンはカルシスをみた。
シオンの視線の意味を理解したカルシスは、諭すように話した。
「シオン、キャスと俺は同門だから基礎から先の手も教えたが、お前にそれを教えることはできないのだ。だが、お前の三手も極めれば中々のものなんだぞ!
そうだ、キャス! シオンと立ち合ってみろ!」
それを聞いたキャスは、大喜びで木剣を振り出した。
同年代との手合わせなどキャスもたいして経験がなく覚えた技を使うチャンスだと思ったのだ。
聞いていた話では、キャスはシオンよりも半年以上も前から剣を教わっていた。
更にシオンの知らない技もあると分かっているのに、なぜカルシスが手合わせをさせるのかシオンには理解できなかったが、先生であるカルシスが言うので行うことにした。
対峙した二人に、カルシスが簡単なルールを説明して、立ち会いは始まった。
シオンが教わった三手とは、片足を踏み込みながら行う”打ち下ろし”とその足を引きながら剣で身体を守る "いなし”、そして“起式”と呼ばれる挨拶の型だった。
「フフ、いくよ!」
キャスは、カルシスの開始の声が掛かるや否や、いきなりシオンの知らない下から打ち上げる技を振るってきた。
正式ではないとはいえ、同門意識の有ったシオンはキャスに向かい、起式を行っていた。
キャスの技は、木剣とはいえ当たれば怪我をするほどの鋭い打ち上げだった。
シオンは一瞬、思わず目を閉じたが、キャスの木剣はシオンの起式に阻まれ、却ってその衝撃にキャスは木剣を落とした。
「痛ったぁーい!」
キャスは、素早い身のこなしで木剣を拾うと、すぐにシオンから距離を取った。
カルシスは、そんなキャスを咎めるような目でみて首を横に振り、溜め息をついた。
シオンは、チャンスとばかりに前に踏み出し、木剣を打ち下ろした。
「フン、甘いわ!」
キャスもすぐに体勢を立て直し、木剣を合わせてきた。
カクワーーン!
辺りに、木のぶつかり合う乾いた音が響き渡った。
撃ち合いを制したのは、シオンの木剣だった。キャスの木剣は、後方へ弾き飛ばされていた。
「そこまで!」
カルシスの静止の声が掛かった時、対峙していた二人は互いに自分の手を見ていた。
シオンは勝ったことに、キャスは剣を二回も弾かれたことに唖然としていた。
「シオン、たった三ヶ月でよくその三手の剣理に到達したな。俺が教えられるのはその三手だけだが、これからも精進し続けろよ!」
いつにないカルシスの優しい言葉に、シオンの手は震えていた。衝撃で痺れたわけではなく感動に震えていたのだ。