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 ノーズ大森林は、王国の北の国境として縦横に広がる大森林である。


 森林の中は薄暗い上に所々に細かな起伏があり、また野生の肉食獣や魔物の跋扈する地でもあり、大軍が展開することなど不可能な地なので国境として永らく機能していた。


 シュガ公爵領の領都・エマシティは、その森林を割る様に北へ向かう街道を塞ぐように建立された城塞都市である。


 初代公爵アトスの妻に因んで名付けられたその都市は、王都から二十日の距離があるのだが、現在、毎日の様に届く王都からの知らせに街全体が紛糾していた。


 というのも、領都・エマシティの発展はアトスが入植する際に着いてきた騎士と兵士とその家族により作られたもので代々の公爵の善政もあり、その忠誠心は計り知れないものだったのだ。


 もし、今の敵がノーズ大森林の向こうにいる蛮族であったなら、紛糾などせず一丸となって事に当たったであろうが、此度の騒動の相手は王国自身である。


 その為に永らくこの地を守ってきた騎士・兵士としても、忠誠先は何処なのか?という問題で歪が生じ始めていたのだった。








「ですから、どの様な命令も受けるわけにはいきません!」



「何故だ! 私は公爵に一番近い身内だぞ!!」



 領都の中心地、公爵邸の執務室では二人の男により何度も同じ問答が繰り返されていた。


 部屋には他に数人の影があったが、誰もが口を挟むことなく言い争う男の一人、ガスト男爵を睨むように見ていた。



「兄が死んだ以上、儂が後を引き継ぐのは当然であろう!」



 口角泡を飛ばさんばかりにガスト男爵が捲し立てた。



「いえ、貴方は既に別家をたてた男爵です。ここは公爵領であり、公爵家の問題です。貴方の出る幕はありません」



 何度も繰り返される問答にいい加減、腹ただしさを感じでいたイクス騎士団長は、肩を怒らせながら反論した。



「な、なんだ、貴様の態度は!

 たかだか騎士爵の分際で公爵家血筋であり男爵の私に対し無礼な!!」



「確かに言い過ぎたかもしれませんが、公爵家の問題です。重ねますが跡継ぎがおられる以上、貴方の出る幕はありませんのでどうかお引き取りください」



 腐っても相手は男爵と、イクスはやや態度を改めていった。



「跡継ぎだと? 兄が死んで甥のテナドールも母子揃って処刑されたというではないか!

 上の娘二人は別家に嫁に行き、末娘は生死も分からず行方不明。

 まさか、年端もいかない末子の小僧にこの公爵家を継がせるつもりか?

 この局面を分かってるのか?公爵家取り潰しの瀬戸際だぞ?」



 ガストの言い分は聞こえだけは筋が通り、正しい事を言っていると思われるが、当の本人のガストは品行方正とはとてもいえず、先の公爵に早々と臣籍降下させられて兄の下であてがわれの男爵となった人物であり、イクスを始め部屋の中に良く思う者など一人もいない様な有様だったのである。



「それにな、既に国王より陞爵の内示を頂いておるのだ!

 兄達の愚かな行いのせいで、とりあえずは伯爵からとのことだが、領地を割譲して王家に献上すればすぐ公爵にしてくれると約束してくれたのだ!

 どうだ、こんな交渉が小僧や小娘にできると思うか?!」



「こ、国王と…

 それは書面などで約束頂けたのですか?」



「ふん、不敬な奴め! 王の言葉に偽りなどあるものか!」



(((だ、駄目だこいつ!)))



 ガストの展望の甘さに執務室にいた一同は頭を抱えざるおえなかった。


 暗愚と噂の国王が約束を守るわけがないのは公爵領の領民ならば子供でも知っていることである。


 約束の反故により公爵家の人間が何人も謂れのない罪で処刑されたばかりであるのだから当然である。


 ましてや、この国の法では爵位により領地の広さは決まっている。


 公爵領の地を、伯爵相当の地まで割譲しろというのであればそれは減封であり、爵位の降格と同意語なのである。


 更に法により領地の飛び地は認められていない。


 即ち、献上した領地を再び封地されなければ公爵になることなどないのだ。


 そして何が起ころうともその様な加増が行われるはずがないのは、一人を除いてこの部屋の誰もが分かっていた。


 事態が膠着しかけたと思われた瞬間、執務室のドアが勢いよく開けられ、武装した集団が流れ込んできた。



「おお、よく来てくれた。

 ちょうどこいつらとの話も終わり、あとは多数による決を取るところだったのだ!」



 ガストが勝手なことを言い始めたが、武装集団の意が分からない一同は、誰も口を挟めず互いの顔を見合わせた。



「我らはガスト男爵に一任します!」



 一歩前に出てそう宣言した男は、先日不祥事を起こして公爵家を解雇された騎士であった。


 他の乱入者も、ガストの子飼いの部下や何処の者とも分からない者共ばかりでまるでならず者にしか見えなかった。



「さあ、とっとと決を取りましょうや、民主的にあくまで民主的にね」



 男はニヤニヤ笑いながら剣を抜くと、議長席に座る家令のピアルにそう言って凄んだ。


 ピアルは部屋を見渡したが、乱入者は誰もが剣を抜いており、イクスを始め誰もが動けないでいた。


 ピアルは、苦虫を噛み潰した様な顔でもう一度、部屋を見渡すと悔しさ溢れる声で言った。



「で、では、決をとる…」



「ああ、早くやれ!」



 ガストの言葉にピアル、イクスは悔し気にガストを睨むが、当のガストは勝ち誇ったニヤけ顔で何処吹く風と、もはや取り合う様子も無かった。



「ガ、ガスト男爵に公爵領の行く末を一任する事に反対の者はあるか?…」



 ピアルも万策尽き、決を取るための台詞を吐かざるを得なかった。



 イクスや何人かの騎士は立ち上がり、何かを発言しようとしたが、鈍く光る剣の前に再び黙って俯いた。



「私は反対するわ!!」




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