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「お嬢様…」
街の様子を探ってきたミンティアの悲壮感溢れる顔に、キャスは予想通りの事態ながらも深刻さを感じずにはいられなかった。
「ミンティア、報告して…」
ミンティアの瞳に溜まっているものが、今にも流れ出しそうだななどと、やくたいもない考えがキャスの脳裏に浮かんだ。
それは今から聞かされる報告からの自己防衛本能だったかもしれないが、当のキャスには計り知れない事であった。
「お嬢様…お父上、公爵様も奥様も…テナ様も…既に処刑され首を晒されたと…」
「まぁ、母様とテナ兄様まで!」
「お嬢、お声が…」
忍んでいることを忘れて、思わず叫ぶように言葉を返してしまったキャスをカルシスが窘めた。
が、そのカルシスも全身に力が入り、目は血走り、気の弱い者が相対すれば、気絶しかねんばかりに怒りに震えていた。
「そうね、冷静にならねば…ね
ミンティアは続きを…」
「は、はい。
既に処刑が行われてから一ヶ月が経つそうです。
ただ、晒された時から公爵のものだけが腐敗が強く出ていて、噂ですが奥様達より二ヶ月は早く処刑されていたのではと…」
「では、母様と兄様は誘き出されて殺されただけだと…」
「はい、この王都の噂ではそのようです」
「カルシス、どう思いますか?」
「は、今の王の在り方では有り得ることだと…」
「憎き愚王め、我がシュガ公爵家が、どれほどこの国に貢献してきたか赤子まで知るというのに…
はっ、王都の民の反応は?」
「はい、民衆は貴族のことなど知る由もないので…
…刑場に石を投げる者まで出始めて…ただそれから程なく何者かが刑場に忍び込んで首を奪っていったそうです」
「だ、誰がっ?」
「分かりません。それこそ噂ではお嬢様だとなっていて追手の派遣まで計画されていたそうですが、ダルローが戻ってきたことで中止になりました」
「ふん、ダルローのおかげで疑いが晴れたのは皮肉ね…
そうだ!母様とともにきた領軍はどうしたの?」
「武装解除を条件に解放されました。
国軍に編入するようにだいぶ勧誘があったそうですが、プラス隊長が拒絶をしまして帰路についたそうです」
「大丈夫なの?
あの暗愚が素直に帰すとは思えないんだけど」
「お嬢、大丈夫でしょう、プラスはああ見えて海千山千と呼ばれる輩ですから」
「カルシスの口からプラスを褒める言葉が出るとは思わなかったわ」
「別に褒めてはおりませんがな…」
プイッと横を向くカルシスを見て一瞬だけの明るさを取り戻したキャスであったが、直ぐに気を引き締めて皆に問うた。
「それで私はどうすればいいと思う?」
問われたカルシス達は互いに顔を見合わせながらも返答に詰まった。
「もちろんお父様や母様の亡骸を取り返す事も、仇を討つことも諦めていないわ!
そのために今、何をすべきかを教えてほしいの…」
「それは…やはり軽装で領軍を追い、プラスから指揮権を奪うのが先決でしょうな…」
「え、追いつけるの?
それに指揮権を?」
「そうです。
彼らが武装解除しているのならば騎馬や騎獣も無いものと思われます。
馬が五頭もいれば十分に追いつくでしょう。
プラスが率いていたのは領軍でも精鋭の奴らです。
もし、他の公子に指揮権を奪われ、その公子が王に服従すれば二度とお嬢の正義は立ち行かなくなりますぞ!」
「兄や弟達が裏切るというの?!」
「ガスト男爵も継承権を持っていることをお忘れか?」
「叔父様か…」
「えぇ、以前から不穏な言動もありますれば…」
キャスはミンティアをはじめ、ここまで付いてきてくれた面々を一人一人見回してから宣言した。
「私はこれからプラスを追いかけつつ領に戻るわ!
同じく領に戻る者は付いてきて!
エスト子爵領から付いてきてくれた方々は、自由にしてください、多くはないけど謝礼を用意するわね。
ミンティア…いやルークの方が適任ね、馬の調達に行ってもらえる?」
「は、はい喜んで!」
初めて直々にキャスから指示を受けた騎士見習いのルークは、場違いな笑顔を浮かべて請け負った。
カルシスは内心、苦々しい気持ちであったが、場をわきまえ言葉には出さなかった。
「お嬢さん、申し訳ないが俺たちは隊を分けるわ、俺は子爵への報告があるから同行できないがこいつらは連れて行ってくれて構わない」
エスト子爵領から護衛をかってくれた傭兵の隊長がキャスに申し出た。
「本当ですか? 助かります。
隊長もここまでありがとうございました。
ミンティアにいって帰りの旅費も用意させますのでそれまで待って頂けますか?」
「あぁ、構わない。気遣い痛み入る」
エスト子爵から王都まで経験豊富な傭兵たちは、騎士達とは違う分野で惜しみなく力を貸してくれた仲間だった。
隊長ともう一名との旅はここまでだが、まだ三名もの傭兵が力を貸してくれる。
キャスはその事に改めて深く感謝するのであった。
全ての者に指示を出し、皆が行動をし始めて部屋が静かになった頃、キャスは人知れず涙を流した。
寂しい時にいつも寄り添ってくれた少年も今はもう側になく、独り膝を抱えて涙を流すだけであった。
それでも少女は分かっていた、あと少しだけ、少しだけ時が過ぎ、涙が枯れた頃、立ち上がらなければならないことを。




