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シオンは思い悩んでいた。
シオンの前にはそれぞれ、砕けた・折れた・裂けた木剣が並んでいた。
手にある一本と未だ無事な一本を合わせて五本、可能な限り同じ重さ・長さ・バランスで作られたそれらを、シオンは幾日も感覚を研ぎ澄ませながら振ってきた。
「こうでもないか…」
今し方振り下ろした、手にした木剣は無傷であったが、標的にした立木は斬れたというよりも雷にでも撃たれたかの如く、シオンの撃った箇所より裂け割れていた。
そしてシオンが、手にした木剣から魔力を抜くと、木剣はみるみるうちに精気を失い、枯れ果てて粉になり、シオンが握っていた指の間からも風に舞って消え失せた。
シオンは膝を地について荒く息を吐いた。
「木剣を保護しようと思って目一杯魔力循環を速めたが、こんな結局になるなんて…」
シオンは手のひらに僅かに残った、木剣だった木屑を見つめ、唸った。
シオンは残された一本の木剣を見つめ、手に取ろうとして止めた。
今、何かを試しても木剣を失う未来しか見えなかったのだ。
シオンはその場を片付けて拠点へと戻った。
ロウソクの火が揺らめく中、シオンは「書」を見直していた。
大量に手に入れた動物性の油のおかげで、夜間に火を灯すという少しだけ文化的な生活を本当に少しだけおくることができていた。
「ん? そうか…見落としてた」
今夜もシオンは「書」の挿絵を見直していた。
挿絵から見て取れる状況は、都度都度試してきたと自負していたのだが、一点、解釈を間違えていた点に気が付いたのだった。
「うーん、こうかな?」
ベッド脇のテーブルに置いていた、耳かき代わりに削り出した木の棒を手に取り、気付いた事をそれでやってみた。
「む、難しい… いや待てよ、細いから難しいのか?」
シオンはベッドから立ち上がると、壁に立て掛けていた最後の木剣を手にした。
「うーん、難しい… でもいけそうか?」
シオンが気付いたこと、それは「書」の中の挿絵に描かれた剣士の持つ剣、それをよく目を凝らして見れば、魔力の流れと思われる波紋は剣から放出されているのではなく、剣士の右手から剣の刃、表面をなぞって左手に流れていくように描かれていたのだ。
つまり、シオンは今まで自身の魔力を剣に染み込ませるように流していたが、「書」の挿絵の剣士は、あくまで剣の表面を滑らすように流していたのだ。
それに気付いたシオンも早速、木剣を手に取り試したのだが、自身の身体の中では自由自在に魔力を循環させられるようになったシオンでも困難を極めた。
尚、耳かき棒では上手くいかなかったのは、細すぎて表面を滑らそうにも全体を包んでしまい、滑らすイメージが却ってむずかしかったからなのである。
また一歩、「書」の奥義に近づいたシオンは、その夜は結局上手く魔力を剣に這わすことはできなかったが、暫くすると諦めつつも満足気にベッドに入った。
今、シオンの前には一本の剣があった。
それは以前の持ち主がこの世を去った後、シオンの傍らにずっとあった剣であった。
シオンが「書」の挿絵に描かれた技を解読してから早、季節が二度変わった。
まだ朝には肌寒さが残る頃から振り続けた剣は、陽が伸び夜が爽やかになる頃、大成をみた。
この日、初めて今まで手にしていた木剣をしまい、久しぶりに鉄の剣を手にしたシオンは、両方の重さの違いに若干戸惑ったが、二回、三回と振る内に、以前の感覚を取り出していた。
薪にするべく集めた木の中から、やや太めの木を選び、一旦、地に固定しようとしたが、気を変え蔓を結び、果樹にぶら下げた。
シオンは的に正対すると息を一つ吐き出し、ゆっくりと剣を天に掲げた。
そして循環法により魔力を剣へと這わせていざ、剣を振るわんとした。
「んグッ!」
剣の表面を滑るように進んでいた魔力だったが、最後まで剣に纏わり続けることは叶わず、途中で無残にも霧散した。
それでもシオンは構えを解かず、最適な魔力の量と速度を探るように繰り返し魔力を送り続けた。
木剣に慣れてしまっていたシオンの身体が、天に掲げた鉄の剣を「重い」と抗議を始めた頃、送った魔力が剣の先を回り込んでシオンのもとに戻ってきた。
(今っ!)
雷が空を駆けるが如く勢いで振り下ろされたシオンの剣は、標的にしていた吊り下げられた薪をすり抜けて止まった。
揺れることも無かった薪に、一瞬、的を外したかと思ったシオンだったが、無意識に止めていた息を吐き出した途端に、薪はゆっくりと二つに割れて地に落ち、辺りに渇いた音を激しく響かせた。
シオンは薪の切り口を見て、自分が「書」の剣の奥義に辿り着いたのを知った。
それは「書」の剣を研鑽し始めてから、一年以上の時間を要してのことだった。




