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今年もよろしくお願いします。
シオンの前には五本の剣があった。
剣といってもそれらはシオンがここ数日をかけて削り出した木剣である。
シオンはその一つを手に取ると、循環法を使い、魔力を剣に這わせた。
シオンの魔力は握った手から木剣へと移り、剣先を巡ってまたシオンへと戻ってきた。
魔力の戻りを感じたシオンが、岩肌の隆起した部分に木剣を振れば、鈍器で殴ったかの如く、隆起した岩は砕け散った。
そう、シオンは少なくない時をかけて「書」の挿絵の秘密に辿り着いていた。
「…うーん、やっぱり「斬る」って具合にはならないか…」
様々な検証により、秘密の一旦は垣間見れたシオンであったが、その効果は期待していたものとはだいぶ違う様相であった。
「書」の挿絵の人物は、剣を持っているのだから剣士のはずである。
だがシオンの木剣は、頑丈であっても鋭利とはとても呼べる代物ではない。
岩は砕けても、木の枝を斬り飛ばすことは出来ないのであった。
なまじ鈍器として優秀なだけあって、時折遭遇する蛇などの小動物を撃つのには便利ではあったが、その度に剣士とは、との葛藤を抱えざる負えないシオンなのであった。
秘密に近づけたのは偶然であった。
シオンにとって循環法はもはや息をするが如くであり、無意識でも発動しているのであるが、魔物との遭遇戦の数日後、悪夢にうなされた。
悪夢により、あの恐怖を思い出したシオンは動揺し、常時発動が切れてしまったのだ。
当然のように欠乏症の発作を起こしたシオンは、起き抜けの惨事に這々の体でベッドから出て、気を落ち着かせる為に水を飲もうとコップに手を伸ばし、掴み損ねてコップの中身を床に撒いてしまった。
それでも兎に角と濡れる床に座り込み呼吸を整えて、循環法を発動し発作に耐えた。
暫くすると発作は落ち着いたが、一連の騒ぎで喉が渇いたシオンは、水の代わりに机にあった果実にかぶり付いた。
二日程前にもいだその果実は、果汁もたっぷりと含まれていて直ぐにシオンの喉を潤したが、同時に身体の中から魔力的な力が溢れ、発作によって痛んでいたシオンの身体をもあっという間に回復させた。
直ぐにもう一つと口に運んだが、二つ目の果実には、その様な効果は無かった。
今起きたこの不思議な現象を、発作から回復したシオンはもう一度考えることにした。
自分は今、何をしたのか? 何を食べたのか?
細かく思い浮かべては、浮かんだ情景を更に細かく思い出そうとした。
順に追うと、まずは発作を抑えるべく、意識的に循環法を使った。
その後、手にしたのは数日前にもいだ果実。
その実に水分を欲してかぶりついた。
そして嚥下とともに喉の渇きと身体中の痛みが消えていった。
人心地ついて、もう一つを手に取った。
その実の果汁も喉は潤したが、身体を走る魔力的なものは感じなかった。
シオンは思考の波間を漂った。
線香が燃え尽きるほどの時が過ぎた頃、ようやっと考えがまとまったのかシオンは力強く立ち上がって叫んだ。
「分かった! 魔力循環だ!」
シオンは勢いよく部屋を飛び出すと近くの果樹から実をもぎ取ってかぶりついた。
「フフフッ、ハハハッ、ハハハハ!」
もし誰かが、キャスやスーが今のシオンを見ていたら、余りに続く高笑いに心配になったであろう。
だがここにはシオンを止める者はいない。
ゆうに湯が沸くほどの時間を笑い続けてシオンは高笑いを納めた。
そして薪のために集めた枝から手頃なものを選び、小刀で削り出しながら木剣を作った。
出来上がった木剣を持ち、普段から立木打ちをしている枯れ木の前に立った。
目を閉じ魔力循環を行うと、気合い一閃、手にした木剣を枯立木に打ちつけた。
枯れて久しいとはいえ、立派な太さの立木に、その辺りにあった枝を削って作った木剣、ぶつかり合えばどうなるかなど火を見るより明らかと思われたが、結果は想像を超えた。
ぶつかり合った枯立木と木剣は、ともに砕け散ったのだ。
シオンは唖然とした顔で、手に残った柄を見た。
「す、凄い!」
思えば、取っ掛かりはやはり熊の魔物の牙であった。
なぜ、抜けたばかりの魔物の牙では出来たことが、数時間後には出来なかったのか…
その答えを偶然口にした果実が教えてくれた。
あの時、発作による焦りから脱出したばかりのシオンは、循環法の制御が甘くなり、手にした果実にも魔力を送っていた。
そして、魔力を帯びた果実を食べた事により、身体の内から魔力の回復、即ち欠乏症からの回復に成功したのであった。
二つ目の果実を口にしたのは、回復の後であり、その時は循環法も無意識の常時発動に戻っていたので果実が魔力を帯びることは無かったのだ。
その時にシオンは気付いた。
魔力を帯びる物の違い、鉄の剣や時の経った牙には通らず、木の枝や果実には通る理由、それは有機物と無機物の違いだということに…
もっともシオンは有機物や無機物という概念は知らなかったのだが…
シオンはこうして「書」の挿絵の秘密の一端に辿り着いたのだった。




