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「うーん、どうすればいいんだろう…」



 シオンは朝から何度目かの唸り声をあげ、剣を地に突き立てた。


 そのまま草原に倒れこむと、一度、空を見上げてから目を閉じた。


 昨晩、いつもなら「書」にある剣技の絵を眺めてから眠るところ、珍しく他の項も見ていた。


 そこで見つけた不思議な絵、魔力を示しているのであろうオーラの様なものが、身体のみならず剣までを包んで描かれたその絵に、疑いと共に激しい興味を惹かれたのだった。


 シオンは日の出と共に草原に出て、絵にあるとおりに剣を胸の前に持ち、結跏趺坐をして瞑想を始めた。


 そのまま、お茶を飲み干すほどの時間が一度過ぎ、二度過ぎたが何も得られず、冒頭のように剣を投げ出したのであった。


 思えば、魔力操作の大家といえるロウ先生や、圧縮法を使うギュウチといった面々も魔力を体外に放出して使うことなど行っていなかった。


 それは、国軍のダルローも、先日対峙した間王も同様であった。


 魔力を剣に通し強化するのであろうこの技術が、シオンが知らないだけの一般的な技術だとすれば、たとえ自身は魔力を使えないカルシスだとしても、シオンが剣を折った時に何がしかは言ってくれただろう。


 それとも強化=剛性ではなく、強化=鋭利なのだろうか?


 どの道「書」の絵を再現できないシオンには、関係ない話ではあるが…



「謎すぎる…」



 目を閉じていても、陽が中天に差し掛かろうとしているのが分かるほど、心地良い陽射しだった。


 このままウトウトするのも悪くないと思ったシオンだったが、ギリギリ気を取り直し、もう一度、座禅を組むのだった。





「駄目だ、何も分からない…」



 夜、シオンは再びハンモックの上で「書」を見返していた。


 結局、この日一日は得るものも気付くことも何もなく終わった。


 一流の剣士達が知らない技術を唯一知る自分、そんな夢の様な状態に少年特有の英雄願望にさらされたシオンは浮かれていた。


 反面、心の何処かで疑ってもいたはずなのだが、それも謎が深まれば深まるほど、難しければ難しいほど、少年の心は真実に近づいていく気がしているようで高まっていった。


 何度も見返す内に、一枚の絵が目に止まった。


 何枚かの結跏趺坐の絵の後ろにある「書」の最後の絵、オーラを纏いながらも剣を下ろした立ち姿の人と周りに平伏す人々の絵、シオンは当初、この絵をよくある「書」の技を会得すればこうなる的な象徴の図だと思って読んでいた。


 しかし、この絵をよくよく目を凝らして見てみれば、平伏した人々の傍らにある剣が折られているのが見て取れた。


 その剣らは、ただ雑に線一本で描かれていたのだが、その線の全てが途中で断たれて描かれていたのだった。


 明らかに、作者に意図があり描いたであろうことを感じて、シオンはいよいよ明日こそと気合いを入れて眠りに付くのだった。






 と思っていたのは七日も前のことであった。


 シオンは池の前で以前のように剣を振っていた。


 ただそれは、体外放出の技を諦めたのではなかった。


 七日をも座禅をして悟ったのは、自分の技量がそこまで到達していないからである、ということに決めつけることにしたのだった。


 たしかに結跏趺坐から始まる体外放出に関する絵は「書」の終わりも終わりの項に書かれてあるので、それまでの絵の動きを会得していなければ辿り着かないのも道理である。


 シオンはそう納得することで、この七日を無駄でないと思うことにしていたのだった。





 その時、何やら木々や岩が崩れるかの様な轟音と、甲高い獣の咆哮が谷に響いた。


 シオンは一瞬迷いもしたが、剣を携えて音のした方へ駆け出していた。


 シオンが谷にきてから、早くも五十日以上の日が経ったが、これまで今の様な野獣の咆哮や崖が崩れる様な物音は聞いたことがなかった。


 割と雨風が激しい日も幾度かはあったが、大きな物音といえば、木々が揺れる音と風が巻く音だけだったのだ。


 監獄のようなこの地も、少なくとも平穏ではあったので、この事態を見過ごすことは後の災いを呼ぶ気がして、シオンは気が気ではなかった。


 もちろん今も恐怖を感じずにはいられなかった、一瞬の戸惑いもそれ故の事だった。





 当てをつけた場所に近づくと、くぐもった低い呼吸の音が聞こえてきた。


 まだ姿が見えない距離なのにも関わらず、辺りに響く呼吸音に、対象の物の大きさが解るようであった。


 シオンは一旦、近づくのを止めて先に崖を見上げた。


 見れば確かに上の方の木々が折れ、岩肌を擦ったような跡があり、何物かが滑落したことをありありとあらわしていた。


 いよいよと、音のする方にと近づくと、そこには優に三メートルは超すであろう巨大な熊が伏せていた。


 シオンがその生命の力に圧倒されていると、当然気づいていたのか、一声、咆哮をあげてゆっくりと立ち上がり、シオンに正対した。


 その瞳は全てが真っ赤に染まり、魔物であることを示していた。



(熊の魔物か…で、でかい!)



 シオンが魔物をこのような距離でまじまじと見るのは、以前、キャスと行った森での出来事以来、二度目であった。


 だが、森で襲われた豹型の魔物と比べても二足の為か圧倒的な巨大さであり、シオンの脚を震わせた。






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