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「アンタ暇でしょ? ちょっと付き合いなさい」
五歳くらいの女の子と手を繋いだ少女は、そう言うと、もう片方の空いている手をシオンの腕に絡ませてきた。
「逃げないから離して!」
シオンの抗議は受け入れられず、少女の力は余計に強まった。
仕方なく、その体制のままで少女の話しを聞くと、少女が連れていた女の子は迷子のようで、泣いていたところを保護したが少女も他の街から越してきたばかりで土地感もなく困っていたところ、シオンを見かけたので白羽の矢を立てたとの事だった。
「ねぇ、一緒に絵を書こう!」
シオンは、落ちていた木の枝を二本拾うと、一本を女の子に渡して地面に猫の絵を描いた。
「ちょっと!何をやってるのよ!!」
少女が抗議の声をあげたが、シオンはその声を無視して、猫を見て喜ぶ女の子と一緒にお絵かきを始めた。
女の子は、ママの絵(角生えてたけど…多分)、近くのお肉屋さんの犬の絵、女の子の家の絵、その家の窓から見える塔などを描いた。
シオンは、絵をもとに女の子とたくさん話をした。そして女の子が話し疲れた頃に、しゃがんで背を向けた。
「そろそろ、帰ろうか? 背中に乗っていいよ!」
女の子が、大喜びでシオンの背に乗ると、シオンは立ち上がって歩き始めた。
まるで行き先を決めているかの様なシオンの歩みに、少女は無言でついてゆくだけだった。
ほどなく一軒の家の前に立つ女性を見たシオンの背中の女の子は、「ママだ!」と手を振った。
シオンの背から降りた女の子は、母親のもとに走って飛びつくと自身の小さな大冒険の話しを始めた。
女の子から話しを聞いた母親は、酷く驚き、シオンと少女に何度もお詫びとお礼を口にし、家の中から紙包みを持ってきてクッキーだと言ってシオンに渡した。
お別れの手を振る女の子に、手を振り返しながらシオンと少女は、帰路に着いた。
シオンのアパートが見えて来た頃、少女が口を開いた。
「ねぇ、知り合いだったの?」
「ん? いや、初めて会った子だよ」
「え? だってすんなり家まで行ったじゃない!」
「あぁ、あれはあの子が教えてくれたから…」
「あぁ、背負ってたから耳打ちされたのね?」
「違うよ、あんなに絵をいっぱい描いて教えてくれたじゃないか」
少女は、シオンのこたえに驚いたようで、目を見開き立ち止まった。
しばらく何かを考え込むように、そうしていたので、シオンは少女をおいてアパートの階段を上ろうとした。
「ねぇ、私の名前はキャスよ! あなたの名前は?」
「ん? 僕は、シオン」
「そっか、シオンっていうのね! 今日はありがとう! 今度、絶対お礼するからね!」
そう言ってキャスは、踵を返すと自分の家の方へ小走りでかけて行った。
シオンは、クッキーを半分渡し忘れたと気付いたが、明日でいいやと階段を上がった。
シオンの思いとは裏腹に、あれ以来キャスと会うことはなかった。
シオンの三回目の休みの日、日課の素振りをしようと階段を降りると、そこにはニコニコとしたキャスが待っていた。
また絡まれては…と、会釈だけして通り過ぎようとするとキャスが言った。
「いいのかなぁ? 私を無視したりして。 この前のお礼に凄いものを用意したのに!」
お礼よりも、満面に自信を貼りつけているキャスが気になってシオンは思わず足を止めた。
「やっぱ気になっちゃう? 絶対シオンの喜ぶことだよ?」
ちょいウザ絡みになってきたな!と、歩みを進めようとするとキャスは慌ててシオンを引き止めた。
「待って、ちゃんと説明するから!
とりあえず先に紹介するね。
こちらはカルシス、私の剣の先生なの!」
すると、キャスの後ろに立っていた男性が、前に出てきて握手を求めてきた。
「初めまして」
シオンが握手に応じて挨拶をすると男性が言った。
「おいおい、初めてじゃないぞ! この前会ったじゃないか!」
カルシスをよく見れば、先日、キャスのお供をしていた二人のうちの肩を叩いてきた人だった。
「それは失礼をしました。カルシスさん」
シオンが謝ると、キャスが横から口を挟んできた。
「“カルシスさん”なんて呼ぶのやめたくない?」
「?」
シオンはキャスが、何を言いたいのかよく分からなかった。
「この前、お礼をするって言ったでしょ! カルシスは王国流剣術の使い手なの!
シオンは、よく素振りをしているから、お礼ならこれだ!と思って…
カルシスさんなんて呼ばずに“先生”って呼ぶのはどう?」
シオンはビックリしてキャスを見た。キャスの目は笑いながら、早く弟子入りしなさいと促していた。
シオンは、このところずっと悩んでいた。自己流の素振りを続けることによって何が得られるのかと…
そんなシオンにとって、キャスのこの提案は、渡りに舟だったのでカルシスに尋ねた。
「でも、宜しいのでしょうか?」
「あぁ、君のひととなりはキャスから聞いている。
剣の指導くらいなら…」
大喜びのシオンは、カルシスの言葉が終わらぬ前からカルシスに向いて跪いた。
「シオン君、立ちなさい。君を弟子にすることは事情があってできない。
だから跪く必要はない。
ただ剣の基礎を指導することはできるから、それでよければ今後は先生と呼びなさい」
「硬いなぁ〜」
キャスがチャチャを入れたが、シオンは大喜びでカルシスに礼を言った。
こうしてシオンの休みの日は、素振りではなく本格的な剣の修行の日となった。
シオンは、キャスのことを出会ってから初めていい奴だと思った。