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このところのシオンの日課は、起床と共に池で水を浴びることであった。
探索で見つけた池の水は、起き抜けの身体に浴びても適度に温く、サッパリとすることもあり重宝していた。
流れ落ちてくる滝に手をやれば、その水は手が切れるほど冷たいので、池の水の温度は地熱によるものと考えられた。
シオンは、白掌山が火山だとは聞いたことがなかったが、この閉鎖された空間の暖かさも、きっとそのおかげなのだろうと思うことにした。
シオンがこの地に来て、早、数日が過ぎていた。
自生している植物を使い、数本の木にまたがらせ、簡単な屋根とハンモックを作ってからは眠る時も洞窟に戻ることは無くなっていた。
くだんの池に魚の姿を見つけてからは果実と共に得ることで食料の心配も無くなっていた。
もし、外の世界の人々が、誰も自分のことなど気にかけていない様なら、全てを忘れてここに住んでもいいと思えるほど、シオンのこれまでの人生と比べてもここは楽園であった。
ただ、それでもスゥは心配しているだろうとの想いが頭をよぎり、帰ることを諦めることはなかった。
その日、滝の音を背景に池の淵で坐禅を組んで循環法をしていると、激しい金属音と共に、何かが滝を経て池に落ちてきた。
その音に驚いて立ち上がろうとして、足が絡まり池に落ちたシオンは、落ちたついでにその物の正体を見極めようと、泳いでその場所に行ってみた。
アタリをつけて潜ると、池底に一本の剣が沈んでいた。
持ち上げて水面へあがると、その剣は間王が使っていたものと酷似していた。
その為、シオンは間王の死体まで落ちてくるのでは?と気が気でなかったが、暫く様子を見てもその気配は無かった。
まるっきりの溜め池ではないようだが、水温も高く、流れの乏しいこの池に死体が流れてきては水質が汚染されてしまうのは間違いなく、その為に気になってしまったのだ。
自身も流された川だけに、滝に落ちる水量との差から、この滝は支流だろうと当たりをつけていたが、実際そのようで幸いにも何日か経っても死体が流れてくることはなかった。
その日から、シオンの日課に剣を振ることも加わった。
間王は、つい先日殺されかけた憎き相手であり、その自分に向けられた剣など遺品として管理する謂れもない上に、シオンが盗んだり奪ったりしたわけでもないので、心置きなく使うことにしたのだ。
剣自体は中々の業物らしく、草を薙ぐのに力はいらず、大きな魚もやすやすと貫いた。
シオンが日課に取り入れたのは、在りし日にカルシスに教わった王国流剣術の基礎三手であった。
あの頃、毎日のように練習し、自分のものにしたはずの三手が、なぜだか上手く振ることができないでいた。
スゥ達の草庵にきてから剣を握ることなど無い生活だったので、そんなものかとあまり気にしないようにした。
時間はあるのだし、あの頃のように日々努力を積み重ねるだけだと開き直れたのである。
ところが、三日経っても四日経っても、たったの三手がしっくりくることはなかった。
日が経つほどに躍起になり、練習時間を増やし、日課の瞑想や食事も疎かにするほど剣を振ったが、あの頃振れていた理想の剣に追いつくことはなかった。
七日を過ぎる頃、剣を握るのも嫌になり、しがな一日、ただハンモックに揺られゴロゴロする日々を続けた。
そうこうしている内に、洞窟での時間を含め、一ヶ月が過ぎていった。
流されたとはいえ、白掌山の中なのだから、探しているだろうスゥやあの村の人達が見つけてくれるだろうと、なんとなく期待していたが、いよいよその可能性の薄さを感じ始めた。
シオンは、自分がこの地をきちんと把握していなかったことを思いだした。
先日の探索は、あくまで壁沿いに一周しただけであり、それでなんとなくの広さは知ったつもりだったが、その際に、所々の木々が濃い箇所があり、反対側の壁が見えないことがあったのだ。
その壁と壁の間の地に、何があるのか、はたまたないのかを把握していなかったことを思い出し、探検する気になったのだった。
その探索の際は、一周するのに日を跨ぐことは無かったのだからと、弁当代わりに果実と干した魚を少し持つだけで歩き始めた。
反対側の壁が見えている間は流す程度に探索しながら進んだが、壁が見えなくなる箇所にきてからは慎重に進むことにした。
一応、持ってきた間王の剣は、訓練の際のシオン自身との相性の悪さから、呪いの類いがかかっているのではと疑っていた。
だがここにきて草を薙ぐのにはとても役に立つ事で、剣の価値がシオンの中で再浮上していた。
シオンは洞窟前の辺りと植生の違いはないか、新しい動物の痕跡はないかと、目を凝らして観察しながら歩いていた。
暫くそうして進んでいたが、何かが心に引っ掛かった。
ただその違和感が何かをうまく纏めることができず、モヤモヤしながら進み続けた。
いつの間にか進む先は上がり傾斜となっていた。
暫く傾斜を進むと木々が途切れ、広場のような場所に出た。
何気なく振り返り、自分が上がってきた道を見てシオンは違和感の原因が分かった。
木々が自然に生えたとは思えないほどに整然と並んでいたのだ。
思えば拠点としている洞窟近くもそうだったのだが、人の気配など皆無なこの地の木々の並びから、自然とは懸け離れた様子を感じるのだった。
その居並ぶ木々を見ていると、シオンの心には期待と不安が押し寄せてくるのだった。




