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 桃源郷…


 気候は温暖ながら空気は淀むこともなく澄み、木々は色とりどりの花や瑞々しい実を多くつけ、空には小鳥が囀り、時折、爽やかな風が頬を撫でる…


 シオンが呆気にとられながら眺める先には、その様な風景が広がっていた。


 シオンが目覚めたのは、暗く湿気の籠もった洞窟の中だった。


 どのくらい気を失っていたかは、魔力欠乏症の症状による節々の痛みが教えてくれていた。


 慣れたもので痛みの中、直ぐ様、坐禅組み瞑想して循環法を行使したシオンは、自分の周囲がその間に様変わりしたことに気づくことはなかった。


 ゆうに紅茶を飲み終えるほどの時間を掛けてから結跏趺坐を解いたシオンは、辺りの様子の変貌に驚きを隠せなかった。


 目の前の、何かの爆発に飛ばされる前まで、格闘していた壁の様に積まれていた岩々は、跡形もなくどこかに吹き飛ばされたようで、その開かれた大穴からは洞窟を明るく照らす陽光が差し込んでいるのだった。


 光の先は、暗がりに慣れてしまったシオンの目にはただただ眩しく、手をかざし目を細めたが、何も見えなかった。


 それでも陽光は、恋焦がれた相手の様に、甘美な水菓子の様に、シオンを惹きつけ離さなかった。


 フラフラとした足取りで、光の中へ誘われたシオンは、一際大きな光の輪をくぐった。


 その余りの眩しさに思わず目を閉じたシオンは、ただ暫く立ち止まっていたが、やがてゆっくりとその瞼を開いた。



「桃源郷…」



 シオンは誰に言うでもなく呟いた。


 目の眩みから解放されたシオンが見たものは、青々とした葉と瑞々しい果実の茂った木々、地表を埋める白く紅く黄色く咲く花々、そして木には小鳥が花には蝶が舞いおりていた。


 洞窟に入る前では冬を迎える季節だったはずなのに、服が破けて所々肌が出ているにも関わらず、シオンは寒さを感じるどころか、穏やかな陽射しの中、暖かさを感じていた。


 その世界の完全なる調和を破ったのはシオンの腹の虫であった。


 意外と響くその大きな音に小鳥たちはおしゃべりを止めてシオンを見た。


 だが、警戒の心は無いようで、直ぐにまた合唱を始めた。


 シオンは果樹に近づくとその実を一つもいでかぶりついた。


 その果実は、見たことのある物だったが、高値で取引されており、街ではシオンの口に入ることは無かった。


 シオンは目を見開いた。


 噛んだ瞬間に溢れるほど口に広がった果汁の甘さに驚いたのだ。


 そして無我夢中で一つを食べきった。


 シオンを見て鳴く小鳥たちの声は、まるでシオンを笑っているようであり、その様子から見るに此処には彼らの天敵となる生物がいないのだと見て取れた。


 一息ついて辺りを見回したシオンだったが、この場所が谷底であるのに気付き、嫌な予感を感じた。


 地形としては間王と戦った場所に似ていたからだ。


 が、シオンはその考えを直ぐに改めた。


 地に生える種属的に背は高くない、草花はただ天を仰ぐように真っ直ぐと育っており、数本ある果樹も全ての木が実を付けているのである。


 木の生育具合から見ても数年は水没の形跡は無く、草原のどこにも水の流れた跡などは見られなかったのだ。


 果実をもう一つ食べて腹を満たしたシオンは、もう少し詳しくこの場所を知ろうと立ち上がった。


 先ずはと洞窟に戻り、間王の道具入れを拾いに向かって歩きだした。


 そして無事、袋を回収したが、爆発で崩れた岩跡から水が染み出しているのを見て長居は危険に感じた。


 外に出たシオンは、谷底型のこの地形を壁に沿って歩き始めた。


 本一冊を読み終えるほどの時間を経て、シオンは絶望した。


 ただひたすら壁沿いに歩いたシオンだったが、元の洞窟前に戻ってきていたのだった。


 先程、洞窟を右手に見て歩き始めたシオンだったが、今はその洞窟の入り口が左手に見えていたのだ。


 この地を囲む断崖は、左右の距離に所々変動があり、その幅の広さゆえ、気づかずに歩き続けて戻っていたのだ。


 それでも暫しの休憩の後、反対の方向も確認すべく歩き始めた。


 やや下り傾斜のそのルートは幾つかの起伏を挟みつつ、線香の燃え尽きる程度の時を経て行き止まった。


 シオンが行き止まりで見上げる様に見つけたものは、断崖から流れ落ちる滝とそれを受ける池だった。


 飛沫がかかるほどに池に近づいて覗き込むと、それなりに深さがあるようで、底まで見通すことは叶わなかった。


 池の周りを回ってみたが、池は滝の受け皿のような形で存在しているだけの様で、結局は行き止まりであった。


 池の水に手をつけると想像よりも温かであった。


 ふと思いついて池近くの地面を掘ってみると、掘り出した土が温かかった。


 そんな土の温もりのおかげか、自身の末路に絶望を感じながらも悲壮感が湧いていない自分に、シオンはなんだか可笑しくなってしまい、笑った。


 火にかけた薬缶が沸くほどの時間、そうしていただろうか、それでも一頻り笑うとシオンは立ち上がり、洞窟の前まで戻るのであった。


 そうしているうちに陽が傾いてきていたのでシオンは洞窟に戻ることにした。


 寝ている間に再度閉じ込められることをと想像すると洞窟に戻るのは怖さが募ったが、猛獣の類はいなさそうでも、開けた場所で眠るのはなんとなく抵抗があったのだ。


 そうして明日を思い、シオンは眠りについた。


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