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「止まれ、お前達は何者だ!」
報告に合った二人組を捕捉し、誰何したカルシスであったが、すぐに自分の過ちに気がついた。
敵の斥候との部下の報告を鵜呑みにして強めな口調で誰何してしまったが、目の前の二人組は、初老の男とキャスリン様よりも歳下の少女だったのだ。
戦場において見掛けで判断は…とはいえ、老人と孫と思われる二人の姿は、とても賊や国軍に関する人物には見えなかったのだ。
「私達は、この先で夜営をされている方に尋ねたいことがありまして…」
カルシスの問いに、鈴の音が鳴るかの様な声で少女が応えた。
やはり我々が目的かと、カルシスが剣に手をやろうとすると、男の目が細められた。
その瞬間、カルシスの穴という穴から一斉に汗が噴き出した。
自身も歴戦の猛者と自負していたカルシスだったが、男の放つ凄まじい気迫に、金縛りに合ったかのように酷く緊張して動けなくなってしまったのだった。
迫りくる重圧の中、ゆっくりと剣から手を離すと、圧も薄れなんとか喋れるようになった。
「貴方がたは我が主を知ってのお訪ねのようですが、どの様なご用件でしょうか?」
先程は暗がりで分からなかったが、二人の格好は、この辺りの町の人とは大分違っており、それでいて男は小さな鞄と剣、少女は杖のみと、およそ長旅する格好ではなかった。
それ故、警戒の気持ちが無くなった訳では無かったが、先程の気迫からしても自分はおろか、護衛全員で掛かっても敵わないと思い、少しでも用件を聞き出そうと口調を改めたのだった。
「騎士様、驚かせてすみません…
私はスゥ、こちらは私の師であるロウと申します」
拱手をしながら名乗るスゥという少女の微笑ましさに、カルシスも拱手を返し名乗りを返した。
「私の名はカルシス、故あって所属は伏せさせてもらいますが、この先にいる方の護衛をしております。そういった仕儀で警戒をしていますので失礼も有ったかと思いますが、お許しを…
ですから聞いておきたいのですが、いったいどの様なご要件でしょうか?」
「あぁ、貴方がカルシス様なのですね。
ではあなたの主様とはキャス様で間違いありませんね?」
カルシスは、少女が自分の名ばかりでは無く、キャスリンの事まで分かっていると知って、心の中でまたしても警戒度をあげた。
すると少女の後方で、後ろ手を組んでただ立っていたロウという男が、組んでいた手を解き、自身の剣の柄頭を叩いた。
その手を包む白い手袋を見て、カルシスははたと気付いた。
(白い手袋… 白掌… ロウ… 「万里閃光」のロウ!)
侠客の世界に疎いカルシスでも流石にロウの事は知っていた。
「もしや、白掌山派のロウ先生では?」
本人だとしても貴族絡みの話に白掌山派が介入するなど聞いたことがなく、来訪の意図が分らないため、確認せずにはいられなかった。
「いかにも白掌山派のロウです…」
ロウほどの名を騙る命知らずなど存在しないであろうことと、その噂に悪行の話は一切無く、高潔な人物として名高い事もあり、漸くカルシスも少し緊張が解けた。
「おお、やはり…
ご高名なロウ先生のこと、普段であれば主にすぐにでも引き合わせたいのですが…
些か、問題を抱えていまして…」
そう言うカルシスに、ロウではなくスゥと名乗った少女が返事をした。
「私の友達のシオンという男の子の事なんですけど…」
「シオン? 今、シオンと言いましたか?!」
つい先日、思い浮かべたシオンの名が少女の口から出たことにカルシスは驚いた。
「シ、シオンがどうしたんですか?」
別れの時のシオンの様子を思い出し、二人がもたらしたのは「訃報」なのではとカルシスの胸は痛んだ。
「その様子ですと、此方にはきていないのですね?」
カルシスは、スゥの言葉が耳に入ってこず、理解できずに聞き返した。
「えっ? シオンは無事なんですか?」
カルシスはてっきりシオンの訃報だと思っていたために取り繕いながらの返事となった。
「無事… 病気のことなら一先ず安定していたのですけど、
ちょっと逸れてしまって…
いつもキャスさんの事を心配していたからこちらへ戻ったかと…」
「そうですか、シオンが…
いやですが、エストで別れてからは一度も…」
カルシスは二人の話がシオンの事と知り、内心焦っていた。
シオンの無事は喜ばしい知らせだったが、今はキャスリンと会わせたくなかったのだ。
二人からシオンの情報を聞けば、やっと出発したにも関わらず、キャスリンがまたエストに戻りたいと言い出しかねなく、公爵領への旅程を思えば、ここは是が非でもキャスリンの耳には入れたくなかったのだ。
幸い、二人の方も急ぎの様で、シオンがここに来ていない事が分かれば、しいてキャスリンに会う必要は無いようだった。
「我々はシュガ公爵領まで行く予定です。多分、シオンが同行することは無いと思いますが、もし来たらお二人が探していることを伝えましょう!」
カルシスは、どうにかキャスリンとの面会の話が出ないうちに去ってもらいたく、失礼を承知で話を終わらせにかかった。
白掌山派、特にロウと知己を得られれば、強力な味方になるであろうことも分かっていたが、今はその考えを捨てざる負えないほど時間がおしかったのだ。
「邪魔をしましたな… スゥ行くぞ!」
カルシスの意図を組んだのか、ロウも話を切り上げにかかった。
「あっ、はい。
カルシス様、ありがとうございました。
キャスリン様にもお会いしたかったのですが残念です」
「あぁ、スゥ殿の気持ちは伝えておきます」
二人は、灯りが届く辺りまではゆっくりと来た道を戻っていったが、暗がりに入るなり、矢のように去っていった。
カルシスは暫くその場で二人を見送っていたが、やがて自分も夜営地に戻ることにした。
野盗や敵軍に怯むことなどないカルシスであったが、この数分の会合に信じられないほどの疲労を感じていた。




