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 シオンは喧騒の中、何件もの店を覗いた。


 持ち金でなんとか今日中に、シーツと最低限の食器、欲を言えば替えの服が欲しかった。


 仕事をもらうのに、服は実は重要な要素であり、明日からの仕事である配送も、今のシオンの服では事務所宛の書類と倉庫行きの梱包品までしか出来ないと言われた。


 配送仕事の実入りは、給料の他にチップが貰えることが大きい。配送先が貴族の屋敷ならば金銭で、食料品店や食料倉庫ならば現物を貰える事があるのだ。


 シオンの今の服では、そのどちらも受けることが出来なかったのだ。




 大通り近くのバザールは、ルーナの手伝いで街中を彼方此方と走り回ったシオンも初めてだった。


 シーツと食器をゲットしたシオンは、帰りの時間を気にしながらも服を探していた。


 そんな時、少し先から聞こえてくる喧騒が、一際大きくなった。



「ひったくりだ! たのむから誰か止めてくれ!!」



 革紐を編み込んで作ったカバンを脇に抱えて走る男と、それを追い駆ける小太りの男が、シオンが服を物色していた露店の方に走ってきた。


 逃げてくる男の服装は、先日、孤児院に辿り着いた子供達と同じ様な有り様であり、対して追いかける小太りの男は、いかにも何処かの商家の者といった格好であった。


 2人の着る物の違いに、僅かに葛藤のうまれたシオンだったが、事情も分からず判断は出来ないと、手頃な石を拾って指で弾いた。


 弾いた石は、誰にも気づかれる事なく、逃げる男の足元に落ちた。男も石に気づかずに、それを踏んで転んだ。男が転ぶと周りの露店商達が男を囲み、手にした棒などで口々に罵倒の声をあげながら男をしばいた。


 追っていた男が、息も絶え絶えにその場に着くと、露店商の一人がカバンをはたきながら拾い、息をきらせて汗を拭いている男に、ニヤつきながら手渡した。

 男は息が整うと、自分でもカバンをはたき、足下に倒れている男にツバを吐いて立ち去った。


 露天商達は、倒れている男を放置したまま雑談をしていたが、しばらくすると各々の露店へと戻っていった。


 その一部始終を遠目に見ていたシオンは、居た堪れない気持ちを抱えて、その場を逃げる様に去った。



「大層なご活躍ね」



 うつむいて、足早にアパートに向かうシオンの前に、何者かが道を塞ぐ様に立った。



「な、なんですか?」



 シオンは、前を塞ぐ同年代の少女にしどろもどろになりながら返事を返した。



「あなたの投げた石のことよ。あなた後悔してますって顔だけどそれは間違いよ!」



「な、なんのこと?」



「大方、引ったくりの末路に同情でもしているんでしょうけど、取られた方だって荷によっては明日は我が身となるところだったのよ。あなたがしてる葛藤や後悔だけでも引ったくりには過分な慈悲よ!」



 少女は、それだけ言うと満足したのか、シオンを押しのけて去って行った。


 シオンが少女の勢いに圧倒されながらも、その言葉を反芻していると、離れて見守っていた二つの影が近づいてきた。その内の一人は、シオンの前に立つとシオンの肩を二、三たたいてから足早に少女を追っていった。


 そんな出来事の後、街を囲む城壁の影が足元に伸びるまで、シオンはその場に佇んでいた。


 それが、キャスとの二度目の出会いだった。






 シオンが一人暮らしを始めてから、何日かがたった。


 窓を通して何度か少女を見かけたが、シオンが会釈をするだけで、少女が返すことはなかった。


 シオンには目標が有った。シオンの目標とは、冒険者になることだった。冒険をすることに年齢制限は無いが、冒険者ギルドには有った。


 シオンは、休みの日の午前中は必ず、人通りのない広場で木剣を振っていた。それを晴れて登録のできる十五歳まで続ける気でいた。


 その日も、素振りを終え、かいた汗を流すためアパートの井戸で水を浴びていた。


 そこに、窓越しの少女が、小さな子どもの手を引き、水浴びをしているシオンに近づいてきた。


 シオンは、碌なことにならないぞと思い、逃げ出そうと思いながらも早足にならないように注意しながらアパートの階段へ向かった。



「ちょっと、何よ! 逃げなくてもいいでしょ!!」



 やっぱり僕に用事かよ…と悪い予感の的中にテンションを下げながら振り向いた。



「僕に用でしょうか?」



「アンタ今、逃げようとしたでしょう?」



「なんのことですか? 水浴びが済んだから部屋に戻ろうとしただけですが…」



「まぁいいわ、アンタ暇でしょ? ちょっと付き合いなさい」



 うむをいわせぬ少女のナチュラルな気迫に、シオンは何も言い返せず頷くしかなかった。


 窓での会釈を除けば、これがキャスとの三回目の出会いだった。




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