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 身を切るような水の冷たさに、シオンは何が起きたのか直ぐには理解が追いつかなかった。


 咄嗟に掴んだ流木の細枝が何とも頼りなかった。


 幸か不幸か、先ほどまで足を預けていた岩の下流に落ちたので、激しい流れがそこだけ和らいでいた。


 とはいえ、シオンを支えているのは、溜まりに引っ掛かっている流木であり、いつ流れに引き戻されるのか分からない状況であった。



「おーい、大丈夫かぁ?」



 ロイの声に、嘲りのニュアンスを感じ取ったシオンは、怒鳴り返したい気持ちだったが、瞬く間に川の水に体温を取られ、歯の根も合わない有様になっていた。



「あらあら大変だ… 唇、紫だぞ? 」



「た、助けてくれ…」



 なんとか振り絞って、それだけ告げたシオンだったが、ロイは薄ら笑いを浮かべるだけであった。



「そうだった、そうだった… 助けなければいけないな…

 ん?、いけないか? コイツを引き上げたら俺まで濡れるじゃねーか!」



 そう言ってロイは、シオンの掴まる流木を蹴った。



「や、止めてくれ…」



「あん? 敬語はどうした? どうもテメエは生意気だな!

 スゥ様の事も呼び捨てだし… 気にいらねーんだよ!」



 ロイは薄ら笑いを止めて、至って真顔で言い放った。


 シオンは真顔で言い放つロイに何ともいえない嫌な感じと、気味悪さを感じたが、自分の生殺与奪権をロイに持たれている事もあり、グッと耐え、なるべく丁寧な口調を心がけた。



「ロイさん、お願いです… 引き上げて下さい」



 既に枝を掴む手の感覚も怪しくなる中、震える声でロイに頼んだ。


 ロイは少しだけ考える様な素振りをした後、笑いながらシオンの掴まる流木を持ち上げて、ゆっくりと岩から引き剥がして動かし始めた。



(た、助かった…)



 シオンがそう思った途端に、ロイが笑いながら言った。



「きったね、ヤダなぁ…疲れたよ」



 そう言うと同時に、ロイは流木を持つ手を離した。


 瞬く間に川の流れはシオンを飲み込み、右も左も上も下も分からないほどに、シオンの身体をもみくちゃに攫っていった。



「あばよ、マヌケ野郎!」



 ロイは大声で、最後まで笑顔のまま、シオンを見送ったが、シオンがその声を聞くことは無かった。










 ピチャーン…



 ピチャーン



 ピチャーン



 シオンの耳に、雫が何かを打つ音が響いていた。


 辺りは真っ暗で、自分が何処に居るのかも分からなかったが、感覚の無い下半身と腰の辺りを繰り返し打つ波に、本能的に危なさを感じて、力の入らない腕を頼りに芋虫の様に、波を感じなくなるまで這いずり上がってそこで力尽きた。







 ピチョーン


 ピチャーン


 どのくらいの時間が経ったのだろうか、あいも変わらず繰り返し、耳に響く雫の音に、シオンは意識を取り戻した。



(い、生きていた…)



 シオンが意識を戻したのは、目の前の暗さ、湿度の高さ、反響している水の流れの音から洞窟の中のようであった。



(さ、寒い!)



 ずぶ濡れの服に、寒さと重さを感じたシオンは、寝転がりながらも衣服を脱ぎ、悴む手でなんとか絞り、身につけた。



(少しはマシだろ…)



 足の指先に水気を感じて、もう少しと這い上がったところで急激な眠気を感じ、瞼が重く感じた。



(駄目だ、寝るな!眠るな!)



 そう心を言い聞かせているうちに、眠りの森へと落ちていった。







 睡眠は、冷たい水に濡れ、疲労困憊だったシオンの身体をゆっくり回復してくれた。


 気絶の様にまるっきり意識を失えば別だが、生死の境の中で身につけた循環法は、睡眠時でも途切れること無く、身体中を駆けめぐる魔力が身体の強化と回復を与えてくれていたのだった。


 そうして数時間、今度こそシオンは完全に目を覚ました。


 起きて直ぐに、シオンは自分の身体を動かして怪我の確認をした。


 流れの中で打ったのだろうか、身体のあちらこちらが痛かったのだが、幸い何処の箇所も打ち身程度に留まり、折れている様子は無かった。


 魔力循環の恩恵だろうか、光源の無い洞窟の中であったが、ボンヤリながらも辺りを見ることができていた。


 とはいえ、ほんの手の届く先がボンヤリと見えるだけであったが…



(どのくらい流されたんだろう…)



 洞窟は、音の反響からかなりの広さが伺えたが、川を見ると、流れの元は岩肌で隠れていて、水に潜らなければ遡ることはできなさそうであった。


 元々、水練などしたことが無いことに加え、距離も分からず潜ることなど無謀にも程がなく、シオンもその道はさっさと諦めることにした。


 それでも未練がましく水口を見ていると、時折、勢いよく水が噴き出すことがあった。


 勢いのついた流れは波となってシオンの立つ足元まで攫うように迫り、その状況に危険を感じたシオンは何時までも此処にいるべきではないと判断して奥へ進むことにした。







 暗闇の中、一手一手探る様に這うように進むシオンの手が、布の様な物に触れたので質量のあるそれを、なぞる様に探った。



(し、死体だ!)



 布に包まれた、冷え切った塊を探っているうちに、毛と思われる繊維質が手に絡み、思わず飛び退いたシオンだったが、確認をしなければと、再び、死体と思わしきものの下へと、にじり寄るのだった。



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