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 薬峰の頂きに掛かる雲を見上げながら、シオンは川岸へと歩いていた。



(白なら大丈夫なんだっけな…)



 昨日も今日も村の上空は快晴だったにも関わらず、目の前の川の流れは激しく、近付けば至るところで跳ね回る水飛沫に襲われる羽目になり、それはとても冷たかった。



(よく助かったな…)



 先日、ホジンに聞かされたのだが、川に流されていたシオンを見つけたのは村の女性陣だったそうだ。


 薬峰の頂上付近に、黒い雲が掛かると流木溜まりに籠を引っ掛け、魚を捕りにいくのが女性陣の役割らしく、その日はシオンが引っ掛かっていたと笑って話してくれたのだ。


 何分、外部の人間との付き合いが粗無い隠れ里の為、そのまま川に返す案も出たそうだが、身体も冷え切り、意識もない、明日をも知れない状態だったので、村には入れるが、死んだら死んだで、という程度の気持ちだったと、女性陣の代表者に御礼の挨拶をした時に言われた。


 テムルも一緒になって笑っていたが、救われたのには変わりないとシオンは重ねて御礼を伝えた。



(しかし、ホジン様のあの話…)



 初めてホジンを訪ねた日に、話の最中、ずうっと手を握られていたのが気になっていたシオンだったが、後からテムルに理由を聞いて驚いた。


 ホジンは、今でこそ身を引いて隠居したが、白掌山派の人間であり、ロウの師叔にあたる人物だったのだ。


 シオンから白掌山派の話が出たので確認の為にシオンの魔力の流れを手を取って確かめていたとの事だった。


 十数年前、少数とはいえ、精鋭揃いの白掌山派に不幸が訪れた。


 ある弟子の一人が、秘伝を盗むべく常夜党と結託し、騒動を起こしたのだ。


 後日、判明したが、その弟子は初めから秘伝書を盗む為に潜入し、八年もの間、尻尾を出さずに爪を研いでいたのだ。


 常夜党の奇襲による負傷者を抱えながら、白掌山派の面々もよく戦ったが、しつこく追ってくる常夜党に囲まれて、件の裏切りもあり、数名が帰らぬ人となった。


 スゥの父親もその時に亡くなり、赤児だったスゥもその逃避行の過酷さから視力に影響が出たとのことだった。


 スゥの父親は、ロウの甥弟子だったこともあり、スゥの面倒をロウが見ることになったのだった。


 白掌山派の秘伝は強力であり、常夜党のような悪鬼らに奪われるのを恐れ、それ以来、白掌山派は弟子を外から取るのを止めて身内のみに伝える事にした。


 スゥとスゥの未来の婿が、系統を正しく継いで行ってくれることをホジンは願っているのだとテムルは聞かせてくれた。


 ついでに聞いた話によると、今までスゥの周りには、近い歳の男子がロイしかいなかったので、勝手にロイは心を寄せているとのことだった。


 ホジンもロウも、例え庇護下にあっても弟子にはしないと村の人全てに言ってあるのだが、少年の勝手な思い込みでロイの心は固まっているらしかった。


 魔力操作の方法は、別で取得済みだったシオンだったが、ロウから循環法を教わったことがロイには羨ましくて仕方なく、スゥを呼び捨てにする仲なのが悔しくて堪らなかったようだった。


 それがあってシオンに対して敵意にも似たライバル心を持っているのでは?と、テムルは笑っていたが、笑い話じゃ済まないよ…と、シオンは呆れた。








「おい、何をボーっとしてやがるんだ!

 お前が、探したいって言うから連れてきてやったんだぞ!」



 意外にもこの日、シオンを流木溜まりまで案内してくれたのはロイであった。


 あいも変わらず口振りは横柄で乱暴だったが、シオンは極力、気にしないようにしてこの場所まできた。



「すみませんロイさん…

 僕が引っかかっていたのはどの辺でしょうか?」



 シオンはロイに「さん」付け呼びを強要されていた。


 村では先輩だとか、スゥをお前(シオン)より先に知っているとか、理由を色々言ってたが、世話になっているのは間違いないのでシオンは初めからそのつもりでいて、すぐに受け入れていたが、ロイの言い訳はその後も続いたので正直、面倒くさくもあった。



「あーん、そうだな…

 もうちょっと奥の岩肌が見え隠れしている辺りじゃねーか」



 ロイが指していたのは、流木溜まりの少し先の川の本流に近い場所であった。



「確かじゃねーけど、お前が引っ掛かっていた場所の…ほら確かその辺の川底に何かが光ってたぞ」



 シオンはロイの言葉に、キャスの剣かも知れないと喜んだが、ロイの指し示す先は、流れも早く、深さもあるようで確かめるには難しい場所だった。



「どうすんだ? 覗き込むなら帯びでも掴んでてやろうか?」



 シオンの悩んでいる様子にロイが声をかけてきた。


 上空では風が薬峰の頂きに引っ掛かっていた雲を一つ押していった。


 押し流された雲間から、太陽が川面をキラキラと照らした。


 その時、確かにロイの言っていた場所で何やら光が反射したのをシオンは見た。


 それが剣かは分からなかったが、シオンの心は決まった。



「ロイさん、それじゃお願いできますか?」



「ああ、いいとも!」



 何故か朝から、いつもと違う調子のロイにシオンは困惑したが、川面を覗き込むために河原にしゃがんで服の袖と裾をたくし上げた。


 流木溜まりに溜まっている流木を支えに、川面から少しだけ顔を出している岩を進んだ。


 ロイの示した場所に、一番近い岩へ上に足を乗せた時、上流から小枝の塊が流れてきてぶつかり、シオンが乗る岩を小さく揺らした。


 思わずバランスを崩したシオンが振り向くと、ロイはまだ河原にいた。



「おい、待てよ! まだ準備が…」



 ロイの言葉を聞きながら、シオンは川に落ちた。






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