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(何かを引きずる音がする…)
(誰かの話し声?)
暖かな部屋の中でシオンの意識は覚醒しようとしていた。
(ングッ、痛い!)
微睡みの時を越えて、胸を掻きむしりたくなる様な激しい痛みが身体中を襲った。
(じゅ、循環法を…)
痛みに無理やり取り戻させられた意識であったが、シオンは直ぐに魔力循環を始めた。
(此処は何処だ?)
二年に及ぶ修行の末、寝ていても操れる程、循環法を己のものにしたシオンであったが、流石に気絶をしていては循環法を行なうことは出来なかった。
(ストーブに薬缶…)
落ち着き始めた身体を起こし、辺りを見れば、知らない部屋のベッドに寝かされていたのが分かった。
ストーブの上には薬缶が乗り、激しく蒸気を上げていた。
「起きたのか…」
部屋に一つだけあったドアが開き、片腕が二の腕から無い、知らない男が入ってきた。
男はストーブの上の薬缶を少しずらすと、片手で器用にストーブの中の薪を均した。
「助けて頂けたのですか?」
シオンはベッドを貸してくれていることから敵ではないと当たりをつけて尋ねた。
「川から引き上げたのは俺じゃないがな… まぁもう少し横になっていろ、少ししたら食えるものでも持ってきてやる…」
男は、ぶっきらぼうながら温かみのある表情で言葉を残し、部屋を出て行ってしまった。
シオンは体力の消耗を感じ、男の言葉に甘えて横になった。
暗い部屋の中に扉の開く音と、とても良いスープの香りが広がった。
「スゥかい?」
深く眠っていたシオンは、音と香りに目が覚めたが、まだ寝ぼけていた。
「お前、スゥ様とどういう関係だ!」
少年の張り上げる声に、はっきりと目を覚ましたシオンは、側に立つ自分と同じ歳くらいの少年を見た。
「なぜ黙ってる?! スゥ様を呼び捨てにするなんて、お前は何者だ!」
「ロイ、何を騒いでいる!」
「テムル、聞いてくれ! こいつスゥ様を知ってるみたいだけど、呼び捨てにしてるんだ。 敵の密偵かも!」
ロイという少年の大声に、先程の隻腕の男がやってきてシオンをじっと見た。
「ち、違います! 私は…」
「喋らなくていい… ロイ、この方をよく見ろ!」
テムルと呼ばれた男は、事情を説明しようとするシオンを制して、ロイに向かって声を荒げた。
「じゅ、循環法…」
思わずテムルに怒られて、シオンを舐め回すように観察したロイは、シオンを包む薄い光に気付き、悔しげに呟いた。
「あぁ、そういう事だ…
私はテムル、こちらはロイと申します。
失礼ですが、お名前を聞かせて頂けますか?」
そう言うとテムルは拱手をしながら床に跪き、ロイも慌ててそれに習った。
「わ、私はシオンといいます。
お二方ともそんな姿勢は止めて下さい!」
突然の二人の変貌に、シオンは慌てて、立ち上がる様に頼んだ。
「いえ、知らぬ事とはいえ白掌山派の方へのロイの無礼、許されることではありません…」
跪いたまま頭を下げるテムルの後ろで、ロイは顔を青くしながら震えていた。
「と、とにかくその姿勢では私も話しづらいので、そちらに腰掛けて下さい」
シオンがストーブの前にある椅子を指差して懇願すると、テムルは迷いながらもシオンの言葉に従ったが、ロイは正座のまま立ち上がる事無く、俯き震えていた。
「改めまして助けて頂き、ありがとうございます。私の名はシオンといいます。
先に言いますが、私は白掌山派ではありません…」
「なっ! で、でも…」
シオンの告白にテムルは困惑を浮かべ、ロイは睨むように一度、顔を上げて直ぐに俯いた。
「まずは説明させて下さい…」
シオンは縁あって白掌山派から循環法を教わった事、二年ほど修行した事、悪い奴等に付け狙われて川に落ちた事などを、ロウ先生やスゥとの関係性が分からなかったので名前などは出さずに説明した。
「そうだったのですか…
所々ぼやかしたのは此方の素性が知れないからですな?
いやいや、警戒することは悪い事ではありませんぞ、まぁ我等の話も聞いて下され」
テムルには名を出さなかったシオンの思惑など先刻承知だったようで、シオンを客とみて彼等と白掌山派の関係を教えてくれた。
テムルによると、この場所は以前スゥが言葉を濁した薬峰にある村であった。
村人達は全員、謂れのない罪で投獄され非道な目に遭わされたり、野盗や魔物に襲われ傷を負い障害を持つことで住んでいた地を追われた人々であった。
ロウが若い頃から白掌山派の人々は、東で正義が捻じ曲げられれば之を正し、西に魔物が現れれば門徒を率いて退治するといった具合であり、その中で出会った行き場の無い人々に寄る辺として提供したのがこの村だったのだ。
ただ村人には無実とはいえ脱獄した者もおり、官吏に追われている可能性もあったので隠れ里とし、スゥも言葉を濁したのだった。
「そういうわけで、たとえ白掌山派がロウ老師とスゥ様だけとなっても、この村の者は恩義を忘れぬことは無く、自らの命よりも大事と思っているのだよ…
どうやらシオン君は、我等と似た立場らしいから気が済むまでこの村で養生しなさい…」
テムルは、そう言って薬缶を持ち上げ、白湯を入れた湯呑みをシオンに手渡した。
この時、誰も気付かなかったが、俯くロイの瞳には仄暗い炎が宿っていた。
※過去の投稿を一部修正しました。
修正点 ロウの語り口
理由 年齢との違和感により修正
これからもよろしくお願いします。




