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「そこじゃあ、話が遠い… まぁこっちにきて座れや」
優しげな声色と違い、テーブルに乗せた腕を上下に小刻みに揺らす様は、苛立ちに溢れていた。
シオンは男に背を向ける危険を本能的に感じて、部屋奥の窓を意識した。
(は、早いっ!)
ほんの一瞬、ほんの一瞬だけシオンは窓を意識しただけであった。
にも関わらず、男はシオンの立つ位置から裏窓への線上に立っていた。
「白掌山派は逃げてばかりか?」
男の揶揄する言葉に、シオンは怒りを禁じ得ず叫んだ。
「前にも言ったが、俺は白掌山派じゃない!」
シオンは男に向かって踏み出すと見せかけて、踵を返すと脱兎の如く駆け出した。
「なっ、待てぇぇぇぃ!」
男は若造を操ることなど簡単で、挑発してやれば何かしらの抵抗を試みると思っていたので、シオンの逃げっぷりには虚を突かれた。
それでもすぐに追いつけるはずと、後を追って草庵を出た。
母屋を出た男は目を疑った。
シオンはすでに草庵を囲う柵を飛び越え、道無き山肌を駆け上っていたのだ。
その速度は、明らかに何らかの魔術を行使している速さで、このままでは不味いと遅ればせながら魔力行使をして後を追った。
シオンは上手くやったと思っていた。
相手の虚を突き、まずは逃走に成功したと思っていた。
門を使わず柵を飛び越えたのも、ギュウチが戻るのを警戒して、親峰へ向かう道を避けた故の行動だ。
一瞬、ロウ先生との合流も考えなくは無かったが、ロウの所在もスゥの現状も解らない以上、優先すべきは男とギュウチの合流阻止と思い、街に向かうのは悪手だと考えられるほどに、気持ちは落ち着いていた。
「待てぇぃ、小僧!」
但し、追ってくる男の圧力は相当のものであった。
シオンは声が聞こえても、振り返ること無く山を登った。
とりあえず目指すは中峰の伽藍であったが、白掌山の名の通り途中には谷があり、一旦、下ることになる…それが心配ではあった。
なぜなら、山を登るのには歩くにしろ駆けるにしろ自分の足で進むしかないが、その点下りは少し違う。
箇所によっては、飛ぶ・転がるなど、ただ足を進める以外にも移動の方法があるからだ。
だがシオンには勝算があった。
それは本来ならば白掌山派門外不出の循環法を男が知っているとは思えないからだった。
双方を知るシオンの体感では、循環法は通常の魔術に対して、マックスパワーは劣るものの効果の継続は、ほぼ無限である。
追ってくる男が、ギュウチの仲間なのは間違いないので、圧力法を知っているだろうが、圧力法では回数制限があり、昨日からの追走劇を考えても、その回数はそう残ってはいないはずなのだった。
下りに差し掛かったシオンであったが、自分の目算が甘かったことに気付かされた。
標高の高い白掌山は、五峰ともに峰の近くは岩山(または雪山)である。
が、それとは逆に、各峰の間を繋ぐ谷は、中腹やや下にある為、木々が立ち並び、森や林を形成している場所もあるのであった。
中には竹の様なしなやかさのある植物もあり、男はそれらを弓の様に利用して、猿のように木々を渡って追ってきていたのだ。
このまま行っても追いつかれるのは時間の問題だった。
シオンもせめてはと、木々の薄い方を選んで走っていたが、たいした効果は得られなかった。
「やっと追いついたぞ小僧!」
何十回目かの木のしなる音を聞いたと思いきや、男がシオンの目の前に立ち塞がった。
男の手には大ぶりの山刀があり、それをクルクルと回転させていた。
シオンもここに至っては逃げ切れないと、草庵から持ってきた鉄剣を構えた。
「王国流剣術… 確かに白掌山派では無いのか… だがもはや関係ない!
舐めた真似をしやがったんだ、その首落として奴らの草庵に飾ってくれるわ!」
「こちらとて簡単にはやられませんよ!」
シオンは剣を振るうのは久しぶりであったが、身体に染み込まれた技は忘れてはいなかった。
シオンの踏み込んでの上段からの一撃は、男の山刀に阻まれたが、男の方も即、反撃とはいかなかった。
「小僧、なかなかの一撃じゃないか!」
シオンは体調のこともあり、常に循環法を使っているのだが、白掌山派では無いとの言葉と王国流剣術の構えにより、男はそれに気付いていなかった。
「だが、ついてこれるか?!」
やはり男は魔術が使えるようで、山刀を持つ手が赤く光った。
と、同時に思わず鉄剣を取り落とすほどの衝撃がシオンの手を襲った。
男の山刀を鉄剣で防げたのは、王国流剣術の特性故であった。
国を守る騎士の間で体現化された王国流剣術は、攻め技の引き際には防御の型が必ず繋がっているのであった。
シオンがカルシスから授かった三手の中にも、この攻防一体の型が含まれていたのだった。
だがそれでもシオンが危うく剣を落とすか程の力が男の打ち込みにはあった。
シオンは切り札を切った。魔力の循環の速度をあげたのだった。
男の山刀は縦横無尽にシオンを襲い、シオンが躱す度に辺りの草木が宙に舞った。
男の攻めは果敢であり、一度受けに回ってしまったシオンは、躱すことしか出来ないでいた。
だが、時は自分の味方だと割り切ってシオンは耐え続けた。
「んーなあろーっ!」
男は苛立ちの叫びをあげ、それまで以上の速度で山刀を振り下ろした。




