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「キャーッ!」



 シオンが裏庭に飛び出すと、見知らぬ男が後ろから抱えるようにしてスゥの両手首を拘束していた。



「お前達がロウの弟子か?」



 痩せこけ、目の周りが窪んだ嗄れ声の男は、幽鬼の様にフラフラと身体を揺らしていたが、抗うスゥをモノともしない様子から手練れであることが見受けられた。



「嫌、違う!」



 ロウから師弟として認められていないシオンは、内心、忸怩たるものがあったが、相手の素性が分からない以上、嘘を吐くわけにもいかず、そう返事をした。



「フン!」



 男は突如、スゥをシオンの方に突き飛ばすと手頃な石に腰掛けた。



「渡牛の奴、ロウの居場所が判ったと人を呼びつけておいて待たせる気か!」



 スゥを抱きながらシオンが耳を澄ましていると、男は聞き捨てならないことを言い出した。



(まずい!こいつギュウチの仲間か!)



 その事にスゥも気付いた様で、腕の中で心配そうにシオンの顔を見上げてきたが、シオンは小さく首を横に振った。


 スゥも分かってくれたようでシオンの腕から離れると「お茶を淹れます」と草庵に入っていった。



「小僧、ここで何をしている?」



 男は、ただの暇潰しのつもりか、シオンを見もせずにそう聞いてきた。



「はい、私は病人で… ここで静養しています」



「何? 静養? 此処は白掌山派の本拠地ではないのか?」



「先程も申し上げた通り、私は白掌山派ではありませんし、白掌山派の()()()はあちらの山ではないでしょうか?」



 シオンはそう言って中峰を指差した。



「うっ、では俺の間違いか?

 こうしてはおれん、渡牛を待たせているやもしれん!」



 男は、やにわに立ち上がると幽鬼の様な足取りながら風のような速さで門を出て行った。


 シオンがホッと息を吐いていると、ちょうどスゥがお茶を持って外に出てきたところだったので、シオンは湯呑みを受け取り一息に飲み干して、もう一度息を吐いた。



「シオン、あの男は?」



「あぁ、白掌山派の本拠地に用があったみたいだから、あっちの山だと教えたら飛んで行ったよ!」



「プッ、もう悪戯ばかり… 今時分じゃ参道は埋もれてて辿り着けないわよ」



「フッ、いいんだよ、そのうち諦めるだろう… それより手は痛くなかった?」



「えぇ、大丈夫よ」



「良かった。じゃあ、さっきの男が戻って来るかもしれないから、その前にギュウチをどうにかしよう!」



 スゥと並んで戸をくぐると、ギュウチは床に突っ伏していたが、いつの間にか猿ぐつわがされていて、後ろ手に拘束もしてあった。



「急に「お茶を淹れます」なんて何だと思ったけどこういうことだったのか!」



「だって彼処でこの人が出てきたら大変だったでしょ?!」



 スゥは悪戯が成功したような顔でそう言った。



「確かに助かったのかも知れない。

 で、こいつどうする?」



「ね…

 どうしよう…

 戦いの最中なら当たりどころが悪くて死んじゃってもこんな悪党どうでもいいけど、この状態で殺すのはねぇ…」



「でも野放しにはできないよなぁ…」



「じゃあ、シオンはできるの?」



 スゥの言葉に、シオンも迷わざるをえなかった。


 自分に対する悪意を置いておいても、ロウから聞いた数々の所業、キャスに対する執着や暴挙など、許すわけにはいかないのだが、たとえ悪人とはいえスゥの言葉の通りで、縛られて動けない相手の首を刎ねる決意は持てなかった。



「どちらにせよ、僕等も此処から一旦、避難したほうがいいだろう。

 さっきの男…こいつの仲間には僕等では勝てそうもないからね…」



「うん…」



「ギュウチのことは、より固く縛って水車小屋にでも転がしておこうよ…

 運が悪ければ勝手に死ぬだろうし、ロウ先生が戻れば役人に引き渡しにもいける」



「天に任せるってことね」



「あぁ、最悪アイツが戻ってきても僕等がいないと分かれば水車小屋までは覗かないかも知れないし…」



「うん、じゃあ避難の準備しよう!」



 スゥの合図にシオンは先ずと、ギュウチを担いで水車小屋に運び、拘束する縄を増やして柱に縛り付けた。


 更に目隠しをつけるなど作業を終え、小屋を出ようとするとギュウチが目を覚ましていたようで、猿ぐつわの中でモゴモゴと酷い罵倒の言葉を吐いた。


 シオンは振り向き、ギュウチの腹に一発、拳を入れたが、そんな事では気が晴れることがないと分かり、その一発だけで小屋を後にした。


 後ろでギュウチが何やら喚いていたようだが、シオンはもう振り返らなかった。



「シオン…行こう…」



 小屋の外では、スゥがシオンの分の荷物も用意して待っていてくれた。



「どうしたの? 何だか怖い…」



「うっ、ゴメン… もう大丈夫だ…」



 シオンは苦笑いをしながら荷物を受け取ると、スゥを促し歩き始めた。








 思えばシオンはツキの無い人生を送っていた。


 孤児院の先生方はとても良くしてくれたが、エストの街は近隣エリアでの飢餓がおきるまで平和な街であり、街の規模に対して孤児の数はとても少なかったのだから…


 キャスとの出会いにより、剣・魔法の師事を受けられたのは平民のシオンにとって僥倖といえたが、その為に戦い、大怪我を負った。


 大怪我に加えての慢性魔力欠乏症だけでなく、謂れのない嫉妬により裏切りのような形で生命さえも奪われそうになった。


 その魔力欠乏症に一筋の光が見えた今、天秤は幸運に振れるかと思いきや、またしても運命の賽子は無情であった。


 不運は伝播するのだろうか?


 二人は今、敵に追われていた。





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