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シオンとスゥが草庵に帰ると、軽めの旅装姿のロウが開戸の前で待っていた。
「シオン、出掛ける時は、儂らに声を掛けてくれ」
以前、スゥにも言われていた事を改めてロウに言われてシオンはシュンと項垂れた。
「まぁ、良い。
儂はこれから、ちぃーと出てくる、
近くの街で渡牛を見たとの噂があってな…」
「先生、それなら私もお供させて下さい!」
シオンは久しぶりに聞くギュウチの名に憤りを感じてロウに願ったが、ロウの返事は否であった。
「シオン、今回はあくまで噂の確認だ… 一年以上も音沙汰のなかった奴の噂だから、一応、確認せん理由にはいかんのだが… まだ噂の域だからな…
それに今は速さを重視したいのでな…
なに、縁があるならば奴との対時の機会は必ず来る、いつその時が来ても良いように準備を怠らんことだな」
ロウは、そうシオンを諭して草案を出て行った。
そのロウの健脚ぶりを見て、シオンは「足手まといにしかならないな」と自分を納得させた。
気落ちしたシオンを気遣ってか、スゥがお茶を淹れてくれた。
留守番を言い渡された悔しさと、山頂から駆け足で戻ってきたシオンの喉をお茶が優しく潤してくれた。
その日、日が暮れてもロウが戻ってくることは無かった。
ロウが日を跨いで外出するのは初めてでは無いのだが、ギュウチの名を聞いたせいか、シオンはどうにも寝付けずにいた。
何か、物音を聞いた気がして窓の外を眺めるとロウソクの火なのか、小さな灯りが畑の方から近づいてきた。
シオンはスゥも寝付けずにいるのだと思い、声を掛けようとして違和感に気付いた。
たとえ夜半とはいえ、スゥが敷地内を歩くのに灯りなど必要としないからだ。
(侵入者だ!)
灯りはみるみるうちにシオン達の居る建物に近づき、裏の方へ消えていった。
(狙いは裏の窓か!)
シオンは音を立てないようにベッドを抜け出してスゥの部屋へ忍び込み、ベッドで眠るスゥに小さな声で呼びかけた。
「スゥ、起きて」
ときに肩を叩きながら数回呼びかけていると、ようやっと気付いたと思いきや、スゥがシオンを見て叫ぼうとした。
(まずい)と、シオンは慌ててスゥの口を塞いだのだったが、瞬間、スゥの身体に力が入り、シオンは振り解かれそうになったので、慌ててスゥに跨り口を塞いだままスゥの身体を押さえつけた。
「スゥ、僕だ、シオンだ!」
スゥの耳元に小さな声で名を告げたが、「だから何?」とばかりに更にスゥの身体に力が入った。
「スゥ、落ち着いて! 声を立てないで! 侵入者だ!」
シオンがゆっくりスゥの口元から手を離し、押さえつけていた身体の力を抜くと、
スゥは涙混じりの顔でシオンを睨み
「侵入者はあなたでしょ!」
と、シオンの頬に平手打ちを見舞った。
シオンは頬の痛みも構わず、慌てて再度、スゥの口を塞いだ。
「違うよ、外に誰かいる! 気配を探ってみて!」
シオンが声を落としてそう言うと、スゥは魔力循環を行って言われた通りに探ったのか、バツの悪い表情を浮かべ、口を押さえているシオンの手を取って下げさせた。
「ホントだ! 誰かが潜り込んでるわ!
シオン…ごめんなさい…私びっくりしてしまって…」
「僕こそゴメン、痛くなかった?」
「痛かったのは貴方でしょ?
それよりどうするの外の奴…」
「こんな時間にコソコソとくるんだ、賊に違いないだろう…
奴が部屋に入ってきたら僕が横からロウソクの火を吹き消すから、そしたら攻撃してほしいけど…できる?」
「できるに決まってるでしょ?
舐めた真似してくれるわ、白掌山派の恐ろしさを思い知らせてやる!」
「無理はしないでね…
君が攻撃している間は、僕は一旦、隅に隠れてるよ。
手に火があるってことは、賊は夜目が効かないのだろうから、僕がやるより君の方が上手くいくだろう」
「確かにフレンドリーファイアは避けたいもんね」
「あぁ、スゥ頼んだよ!」
「任せて!」
スゥとシオンが息を潜めていると、ロウソクの火は何かを探すように草庵の中を行ったりきたりしていたが、湯の沸く時間ほどが経って、漸くスゥの部屋に向かってきた。
スゥの部屋の戸がゆっくりと開き、ロウソクを持つ手が部屋に入った時、シオンはロウソクの火に息を吹きかけた。
(ギュ、ギュウチ!)
シオンが火を吹き消す瞬間、火に照らされた持ち手の顔を見たが、紛れもなくギュウチであった。
「スゥ、こいつギュウチだ! 油断するなよ!」
「なっ、その声はシオン! テメェまだ生きていやがったのかっ! この…ゥグ、ウワッ!」
姿勢を低くし伏せるように構えていたスゥがギュウチの脛に杖を振り抜いた。
その一撃に、シオンの声の方に振り向いていたギュウチは、派手にひっくり返って床に体を打ちつけた。
ただ逆に、スゥの脛へのその一打は、“折る”気で振るったにもかかわらず、払う形になってしまい、痛撃止まりで“折る”まではいかなかった。
「痛ってーなー、チクショー!
だが、これで小僧と小娘がいるのが解ったぞ!」
ギュウチのどら声が、暗闇の中、響き渡った。




