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 ギュウチは走っていた。

 いや、正しくは逃げていた。


 一か八かの賭けに勝ったのだった。


 先程まで対峙していた、白掌山派のロウは恐ろしい程の使い手だった。


 十数年前、こちらの世界に来たばかりの頃、夜這いに忍び込んだ商家で鉢合わせた男・間王とは何故だか馬が合った。


 あちらは人妻、こちらはロリィと趣味は異なるが、同じ色事師として互いに共感できることがあったのだ。


 警戒の強い貴族の屋敷などは何度か連れ立って忍び込んだこともあった。


 友人であり、この世界の事を色々教わったりもした恩人であるともいえた。


 攻略対象の差からか、向こうが「三席」、こっちが「末席」と呼ばれても腹が立つ事もないほど仲良くやらせてもらっていた。


 故あって袂を分かち、しばらくした頃、風の便りに間王が捕縛され、処刑されたと知った時に一緒に聞こえてきたのが「万里閃光」のロウという名だった。


「万里閃光」は、悪事を知ればどんなに遠くても煌めく光の様に駆けつける姿から付いた二つ名であり、間王が捕まった時も間王の悪事を何処で知ったか、間王は朝方、仕事を終えた帰りがけのところを捕まったようだった。


 調べてみれば、間王が捕縛された前の晩のロウは確かに隣の郡にいた記録があった。


 それをロウは悪事あることを知り、普通に歩けば三日は掛かるその距離を夜通し駆け抜けての捕物により間王を捕縛したのだった。


 そのロウから逃げ切ったのだ。



「「万里閃光」のロウ…この借りは必ず…


 嫌、二度とくるかこんな山!!」



 白掌山を見上げながらギュウチは叫んだ。








「師匠! 追わないで下さい!」



「なぜだ、スゥ?

 あの悪党を野放しにはできんだろう?」



「でも、この子がこのままでは危ういです!」



「ん?、確かに放っとく訳にはいかないようだの」



(しかし渡牛の奴め、逃げ足だけは達人だな…)



 ギュウチに剣を突きつけて逃げ場を封じたつもりでいたロウだったが、その後のギュウチの行動は予想外であった。


 ギュウチの手の輝きから、持ち手に魔術が掛かっているのは分かっていたので警戒はしていた。


 ギュウチの剣はそれなりの速度で振られ、その返しからの軌道はロウの下半身への突きを描いていた。


 その程度のスピードでと、ロウが剣を合わせて弾こうとした瞬間、何を思ったのか軌道が変わり、ギュウチの剣は地を刺した。


 そして、ギュウチは魔術の掛かった腕の力に物をいわせて剣の腹を使って土を大きく巻き上げて辺りに土埃を舞わせたのだった。


 初めから逃げると決めていたのであろう、土埃を利用したギュウチの突進を警戒した僅かな合間に身を翻し脱兎の如く駆け出したのだ。


 すぐに追いつけると、飛びだそうとしたロウだったが、そこをスゥに呼び止められたのだった。



「師匠、大変です!

 傷もですが、呼吸も荒く、熱も出ているようです」



 少年の身体を支える様に抱くスゥの声は症状の重さを伝えるが如く、震えていた。



「うむ、どちらにせよ此処ではどうにもならん…

 仕方がない、追跡は諦めてその子を運ぶとしよう…」



 そう言うとロウはスゥの手を借りて、意識の無いシオンを背中に背負って歩き始めた。



「スゥは怪我はないか?」



「はい、私は大丈夫です。

 ちょっと擦りむいた程度です」



「そうか、それは良かった。

 だが無理はしてはならんぞ!」



 スゥはロウの唯一の弟子である。が、弟子入りの経緯もあって娘の様に思い接していた。


 故にスゥを傷付けたギュウチが許せず、やや嬲るかのような仕儀となった。


 そして初めて見る少年に、なにやらこだわりを見せるかのようなスゥの態度に若干の寂しさを感じてもいた。






 ロウとスゥが、少年を自らの草庵に寝かせてから早くも三日がたった。


 スゥの献身的な看病にも関わらず、少年の意識がはっきりと回復する事はなかった。


 少年の手足は、骨折していたようなのでロウが接いだ。


 少年は他の怪我も含め、元のように動けるようになるには相当の時間が掛かるであろうと思われ、添え木を当てた包帯姿はとても痛々しかった。


 スゥはあの時、ギュウチに追い詰められたあの時、痛む身体を顧みずに自分を庇おうとしてくれた、この少年に感銘を受けていた。


 スゥにとって師匠であり、父とも呼べるロウは全てにおいて頼りになる万能の人という認識であったが、少年の様に「顧みず」に自分を護ろうとしてくれた存在は初めての存在だった。


 それ故、傷を受けて意識さえも回復しない少年に感謝以上の感情が湧いていたのである。






 更に四日がたった。


 少年の意識はあいも変わらず朦朧としていたが、口に薄い粥と薬湯を寄せれば吸うことはできるようになっていた。


 ロウも日に一度は様子を見たが、身体の傷は、それなりに回復の兆しが見て取れたのだったが、意識の回復の遅さには疑問を感じずにはいられなかった。。






「師匠、少年が目を覚ましました」



 それは、少年を草庵に寝かせてから十日目の日だった。


 スゥの呼び声に、少年を寝かせていた部屋にロウが入ると、少年はその眼にロウを捉えたのか体を起こすような仕草をしたが、力が出ない様でモゾッと動いただけであった。


 スゥが自分の名前やロウのこと、意識を失っていた日数などを説明したが、少年はそれを静かに聞いていた。


 ただ、ギュウチを逃がした事に話が及ぶと悔しそうな表情になったが、言葉は発することはなかった。


 少年が言葉を発せられるほど回復したのは、十日を四日ほど越えてからだった。



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