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「この山で無法は許さないわ!」
少女の目が死んでいないことを見て取るや、ギュウチは、足下に転がる拳大の石ころを少女に向かって蹴った。
「アァッ!」
少女は杖で防ぐも、その勢いに杖は弾かれ飛んでいき、痺れた両手を抱え込む事しかできなかった。
「ザマァねーな、白掌山派!
人様の遊びにチャチャ入れといてその座間か?
おうおう怖いね〜、まだそんな目で睨んじゃって!
前の世界にもいたよ、人をチーギュウ、チーギュウって馬鹿にする女どもが!
そうなりゃ俺じゃなくても同年代の女共なんて嫌になるわ!
その点、この世界はいい!
キャワイイ娘が多いからな!
ん?お前もよく見りゃイケる系か?」
少女はギュウチの話す言葉の半分も理解できなかったが、涎を垂らさんばかりにニヤニヤと笑いながら近付くギュウチに本能的な嫌悪から身体が震えた。
「安心しな、お嬢ちゃん
やさ〜しく、やさ〜しくチョメチョメしてあげるからねぇ〜!」
「こないでぇ!」
得も知れぬ恐怖に体がうまく動かせない中、少女は後ずさりながらも、手もとにあるものを掴んではギュウチに投げつけた。
「痛っ!」
その殆どは、砂粒の様なものだったが、運良く?小石も混ざったのか、大豆程の小石がギュウチの額に当たり一筋の傷を付けた。
ギュウチは傷をなぞって、滲み出た血が指に付くのをみて少女を怒鳴りつけた。
「シャレになってねーぞ小娘っ!
俺様の端正なマスクに傷を付けやがって!
もう、「やさ〜しく」なんてしてやらねーからな!
覚悟しなっ!」
ギュウチはそう言って少女に走り寄り、その頬にビンタをした。
少女は今にも泣き出しそうになり、あれほど強かったその瞳も、ギュウチから逸らして俯いてしまった。
「やっと、立場がわかったか、白掌山派!
これから更にゆっくぅ〜り教えてやるからな!」
「ほう、では教えて貰おうか?」
ギュウチが、耳もとで話しかけられた様な言葉に慌てて振り向くと、頬に激痛が走った。
痛みを堪えて飛び退き振り向くと、剣を携えた白髪混じりの初老の男が立っていた。
(な、なんだ、このジジィ? 何処から湧いて出てきた!)
こと剣だけでいえば、達人とは呼べないギュウチも、戦闘自体の経験は幾度もあり、少女と対峙しながらもシオンや周囲への警戒は怠ってはいないつもりであった。
この男は、そんなギュウチの警戒の中を、音も立てず、気配も感じさせずに、突然、ギュウチの真後ろに現れたわけであり、その姿は宛ら幽鬼の様であった。
「て、テメェ、何者んだ!」
足があるので幽霊の類じゃないと思いながらも、男のただならぬ雰囲気にギュウチの声は震えていた。
(小娘が聖域とか言ってたし、マジもんかっ?)
「何者? …我ら白掌山派に「教え」をいただけるのであろう?」
男は剣に付いたギュウチの血を振るって落とすと笑いかけるように言った。
(白掌山派?、白髪混じり、年齢…!)
「貴様は、「万里閃光」のロウ!」
「如何にもロウだが、未だ江湖にその名を知るものがいたか…」
「当たりメェだぁ! 「三席」の兄ぃを酷い目にあわせやがって!」
「「三席」の兄…?
そうかお主が「四大悪辣」の末席、「渡り牛」かっ!」
「四大悪辣」とは、江湖において悪の限りを尽くす四人の悪漢の呼び名である。
この世に悪漢は数あれど、その遣口の卑劣さや被害者の多さから、そう呼ばれる様になった悪党達だが、それぞれが行う悪事には違いがあり、別に徒党を組んでいるわけでもない。
ただ「末席」の「花散らし」の渡牛と「三席」の「家庭不和」の間王は、共に狙いが女性ということもあって馬が合うのか、時折、一緒に行動する姿が目撃されていた。
因みに、「一席」は「常夜党」の党首である。
「さて、それで「末席」殿は何を教えてくれるのかな?」
ロウは先程と同じ台詞を繰り返したが、先程とは違い笑顔は消えていた。
(ヤベェなー、逃げるか…逃げれるか?)
ギュウチは突然の強敵の出現に、内心焦り捲くっていた。
すでに魔術は四回使っており、その効果が残っているのも片手・片足だけである。
「んー、痛ってーなぁー!」
ロウがいつ動いたのかギュウチにはまるでわからなかったが、いきなり耳に激痛が走ったかと思えば、耳朶が裂かれ血が舞ったのだった。
「なんだ、起きているではないか…
返事がないから寝ているのかと思ったぞ!」
ロウの発言にギュウチは頭に血が上ったが、打開策が思い浮かばず、なんとかして隙を作って逃げようと考えていた。
「寝てるわけねーだろう、舐めんな!」
ギュウチは、ロウと境界を引くかのように剣を横薙ぎに大振りに振ると、その勢いを使って反転、少女目掛けて走り寄ろうとした。
「ゥ゙ハァ!」
ギュウチが、驚きに硬直した少女を手の中に捕まえたと思った瞬間、四肢に激痛が走った。
距離を取ったはずのロウの剣に刺突を受けたようだったが、痛みは四肢同時におこり、受けたギュウチにも何故そうなるのか分からなかった。
「その娘は、儂の弟子だからの…
貴殿の教えは不要だな…
だから代わりに儂が是非、教えを受けたいと言っているんだが…」
ロウは笑いながらギュウチに歩み寄り、剣の血を振り落とすとギュウチに向けて剣を突きつけた。
「ほれ、どうした?」
ギュウチは、奥歯を噛み締めるほど悔しかったが、まるで何事もないかのようにロウに向き直って笑った。
「んならおーし、やってやんよ!」
ギュウチもロウに剣を向けて叫び声をあげた。




