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 白掌山に登ると決めたシオンだったが、病室としてあてがわれた部屋から何も持たずに出てきたため、すぐに山に向かうことはできなかった。


 シオンの懐には、先程カルシスから渡された短剣の他に金貨の入った革袋があった。



『シオン、領主のエスト殿にとっては、お前も守るべき領民なのだ。

 だからこそ傷ついたお前の面倒もみてくれたのだ。

 そして、貴族の都合で追い立てざる負えなくなったお前に、せめてこれを渡してくれと預かった。』



 別れの際に、そうカルシスに言われて渡された革袋だった。


 革袋には十枚もの金貨が入っていたが、これからの自分には過分ではと、その半分を孤児院に届けてほしい旨、カルシスに頼んで快諾してもらった。


 朝が早すぎる出立のためか、街ではパン屋くらいしか開いていなかった。


 残りの五枚で買えるだけ食料をと思ったが、日持ちのこともあり、そう大した量にはならなかった。


 結局食料は、金貨一枚を支払って銀貨が五枚お釣りとして戻ってくる量に落ち着いた。






 シオンは木陰でパンを齧っていた。


 既に休憩は三回目であったが、朝からここまで、一度も発作を起こす事なく順調に足を進めてこれたのは僥倖であった。


 エストの街の西側にそびえ立つ白掌山は、人が住む場所ではない。


 極稀に裾野に広がる森に木材や山の幸を求めて人が入る事もあるが、それはそれを生業とする熟練の者だけである。


 そのため街道はおろか、道と呼ばれるものが存在しない。

 ただ、背の低い草原が広がるだけである。


 その草原を抜けて、足下に傾斜がつくあたりからは木々も鬱蒼と立ちはだかり、いよいよ「裾野の森」と呼ばれる白掌山の入口となる。


 その鬱蒼とした森の中を、シオンは木漏れ日を頼りに足を進めていたが、その木洩れ日がほぼ真上から注ぐ頃、再び山の装いが変わった。


 いよいよ傾斜はきつくなり、森を抜けるのか、あれほど鬱蒼としていた木々も下草も疎らとなって、剥き出しの岩肌と切り立った崖のような光景があちらこちらに見受けられる様になった。


 シオンが腰掛けたのも、そんな隆起した岩肌の一つだった。




 パンを食べ終えたシオンは、岩からチロチロと流れ出す清水を見つけた。

 途中で作った竹筒に水を注いでいると後ろから声を掛けられた。



「シオン、随分じゃねーか!」



 こんな所に人が?と振り向くと、そこにいたのはシオンに魔術の手解きをしてくれたギュウチであった。



「ギュウチさん、なぜ此処に?」



「あん?お前を追いかけて来たのに決まってんじゃねーか!」



「キャスに頼まれたのですか?」



「チゲーよ!お前に確認したかったことがあってな…」



 キャスの依頼でないことに、幾分がっかりしたシオンであったが、元々戻るつもりはないのを思い出し、ほっともしていた。



「それはわざわざ…

 確認とはなんでしょうか?」



 気を取り直してシオンは聞いた。



「お前の魔力圧縮のことだ。

 聞けば六回だか、七回だかしてたらしいじゃないか?

 なんでそんなことを…っーか、どうやったんだ?」



 ギュウチは若干、興奮しているようだった。



「そのことですか…

 もちろん話すのは構わないのですが、失敗した技ですから…

 結果、俺は二度と魔術も使えないわけですし…」



 シオンは自分のやった方法を伝えるべきか迷うとともに僅かな疑念が頭を過った。



「お前には悪いが()()()こそだ。

 俺は例の奴らのシマにも行ったが、お前程の奴は長老級にもいなかった。

 そんな危険な技を日の浅いお前でも出来てしまう…

 後世に残さなければならないだろ?

 それともお前もチーターか?」



「チーター?

 よく解りませんが俺の思い付きは簡単なものですよ…

 確かに簡単だから伝えて戒めを残さないといけないかもしれませんね…」



「だろ?だろ?

 勿体振らずに早く教えろよ!」



 どうやら建前だけ立派ながら、その実、好奇心での様であるギュウチの態度に、教えてしまって本当に大丈夫なのか心配になったが、自分よりも遥かに上手なのだからとシオンは心配を飲み込み話し始めた。



「簡単なんですよ、手や脚を魔術で強化するように、魔術を使って魔袋を強化したんですよ」



「何? 魔袋を強化?」



「ええ、そうです。

 初めはギュウチさんの言う通り、四回で止めてたんですが、使わなければ次の日の分が勿体無いなって思って…

 最初はそれでも手とか脚とかを強化してたんですけど、ふとイメージさえ強く持てば出来るんじゃないかと…」



「で、やったら出来たのか…」



「ええ、そうなんです。簡単でしょ?

 多分、誰でも出来ちゃうと思いますよ」



「そうだな… 一度くらいは検証してみるが確かに出来そうだな…」



 ギュウチは検証の算段を始めたのか、一人ブツブツと何やら言葉を発し、三歩ほどの距離を行ったり来たりし始めた。



「ギュウチさん?」



 ギュウチの言動を暫く見守っていたシオンだったが、解放してほしいこともあり、声を掛けた。



「おお、すまん。

 だが、原因は解ったかも知れないぞ!」



「え?、教えて下さい!」



 実際は知れたところでシオンには既に手遅れなのだが、それでも原因は知っておきたくそう返事をした。



「多分だがお前の強化のイメージは、[強く][硬く]ってイメージだろ?」



「はい、そうイメージしました。」



「[強く]はまだしも[硬く]が駄目だったんだろう…

 硬くしたことで袋の柔軟性が無くなったんじゃないか?

 硬くなった底に魔力を押し付け続けた結果、破れたんだろう…」



「でも、それならもっと早く身体に変調が起きたはずでは?」



「それは魔力でコーティング…いや強化されていたから魔力漏れが起きなかったんだろうよ、ストックしていた魔力を使ったから強化が解除されたんだろ?」



「でも、ちゃんと数えながらやってて、使い切ったわけじゃありません!」



「俺はさっき、頭でシミュレート…いや頭で計算したが、多分ストックはお前が思っているより“一”少ない筈だぞ?」



「どういう事ですか?」



 ギュウチの説は、シオンには受け入れられなかった。





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