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 夕暮れ、シオンは密かに部屋へ医師を招いた。


 改めて診察をしてもらったが、結果はやはり魔袋損傷に伴う魔力欠乏症であり、現在の医学では魔袋の修復は不可能であることもあり、今後、欠乏症の繰り返しによる体力、その他の消耗により、緩やかに死に向かっていくとの事だった。


 医師としても欠乏症発生時におきる痛みの緩和用の薬しか手の出しようがなく、「最後にこれを…」と稀釈前(永遠)の痛み止め薬の瓶を置いていった。


 シオンは生を諦めた。

 不思議なもので、諦めてみれば進む道が見えてきた。


 先ずキャスとの決別を決心した。キャスの戻りを待っている公爵領の人々を思えば、此処に立ち止まさせる訳にはいかなかった。


 足手まといのこの身体では、力になれることなどなく、付いて行く訳にはいかないことなど百も承知だった。



(キャスを送り出す…それが終わったらどうしよう?)



 ふと窓の外を見れば、夕陽に照らされた白掌山がとても綺麗だった。


 それは平屋の孤児院では見れなかった雄大な景色だった。


 城塞都市エストの西に鎮座する霊峰・白掌山は、この地に住むものならば誰もが一度は登ってみたいと願いながらも、その険しさに夢と終わる場所でもあった。


(そうだ!どうせ死を待つだけなら、白掌山に登ってみよう!キャスに看取られる訳じゃないならどこで死んでも同じだからな…)


 そんな事を思い浮かべながら、いつの間にかシオンは眠っていた。






 またしても身体の痛みにシオンは目覚めた。



(部屋に誰かいる!)



 シオンはベッドの中で首をまわした。


 部屋の燭台は灯されることなく、窓から差し込む月明かりだけが唯一の明かりだった。


 その明かりが差し込む先にはキャスがいた。


 キャスは泣いていた。


 シオンが目覚めたことに気付いていないようで、何度、目を擦っても涙が止められないようであった。



「キャス、そんなに泣かないで…」



「シ、シオン!起きていたの?

 私、泣いてなんかいないわ!」



 キャスの台詞が強がりにもならない程、頬を伝う涙が、跡を濃くしていた。



「キャス、君が泣いても僕はこの手を君の頬に届かせることも出来ないことが辛いよ…

 それに、僕が好きな君の顔は、笑顔とプリプリ怒った顔なんだ…」



「っ、何それ!」



「そう、その顔だよ…」



 キャスは、一瞬怒った顔をした後、無理やり笑顔を作った。



「ね、キャス、もう泣かないで…

 僕は君を助けられた事を誇りに思っているんだ…

 今だって少しも後悔していないんだよ…」



「でも、私達のせいでシオンは…」



「気遣ってくれるのは嬉しい…

 けど気遣うことも気遣われることも生きているからできることなんだ…

 そう、あそこで死ななかったからなんだよ…

 あの時は失敗しちゃったけど何度あの日に戻っても同じことを試すよ…

 キャスと生き残るためにね」



「シオン…」



「キャス、君を待ってる人達がいるんだろ?

 その人達のもとへ早く行ってあげなくちゃ…

 僕だって諦めたわけじゃないよ

 魔袋の修復について考えがあるんだ…

 白掌山の仙人伝説って知ってる?」



「ううん、知らないわ…」



「白掌山が霊峰と呼ばれているのは仙人が住まう山だからって噂さ…」



「噂?シオンは生死を噂話に賭けるの?」



「うん、だって聖剣伝説だって本当にあったじゃないか、噂になるってことは何かしらの真実がそこにはあるんだよ!

 僕は動けるうちにそれを確かめたい…」



「だったら私も…「駄目だよキャス…君こそ噂話に時間を割いたりしてはいけない。僕は必ず身体を治してもう一度君に会いにいくから…

 キャスはキャスの道を行くんだ…」


 キャスはシオンの言葉を聞いて迷いを払うように首を振ったが、月明かりに照らされたキャスの頬が乾いた様子はなかった。


 僅かな沈黙の後、どちらからともなく今までのことを語り合った。


 思い出話が出る度に、キャスは何度もシオンに「無茶ばかりして」と怒っていたがその顔は楽しげだった。


 二人は長い間そうしてくだらない事を言い合った。


 シオンは、キャスがずっと笑顔でいることが嬉しかった。


 それはここ最近見ることの出来なかった光景だったからだ。





 楽しい時間は突然、終わりを迎えた。



「キャスリン様…」



 ドアをノックする音とともにキャスを呼ぶミンティアの声が聞こえた。



「シオン、少し時間を頂戴

 一人になって考えをまとめるわ

 それまで早まったことはしないでね…」



 そう言ってキャスは部屋を出ていった。


 シオンは扉が閉まる最後の瞬間までキャスのことを目に焼き付けようと見つめ続けていた。


 月明かりの中、キャスが去った後も、シオンは閉まったドアを暫く見続けていたが、一つ溜め息を吐くと、遠く、夜陰の中の白掌山に目を向けた。








「行くのか?」



 屋敷がまだ、静寂と朝靄に包まれている中、シオンは旅立つ為に屋敷の門を出るところだった。


 シオンに声をかけたのは、儀礼用の鎧に身を包んだカルシスだった。



「カルシスさん…

 朝早くからどうしたんですか?」



「失礼ながら…ミンティアがお前とお嬢様の昨夜の会話を聞いていてな…

 お前は何事にも素早いから、ここで待っていたんだ」



「そうですか…

 止めるわけではないんですよね?」



「ああ、これを渡したくてな…」



 そう言ってカルシスは、片手に持っていた短剣をシオンに突き出した。



「それは…?」



「これはお嬢様がお前に贈ったあの剣だ…


 お前はダルローの奴と互角に撃ち合い、奴の剣まで斬ったと聞いたが、お前たちの剣自体は互角では無かったようでな…

 残念だがお前の剣も途中で砕けていた…


 その剣を鍛冶に無理を言って、柄をずらし刃を研ぎ直してようやっと短剣に拵えたものだ。


 この剣は、お嬢様が家族以外に贈った初めてのプレゼントだからな…

 お前が持っておくべきものだろう」



「そうですね、ありがとうございます」



 シオンはカルシスに礼を言って短剣を受け取り腰のベルトに挟んだ。


 シオンも領主館の部屋で目を覚ましてから、側に愛剣がないことに気が付いていたので、形は変わってしまったが、素直に嬉しかった。



「それにしてもカルシスさん凄い格好ですね!

 どちらかに行かれるのですか?」



 シオンがカルシスの儀礼鎧に言及すると、カルシスは咳払いの後、姿勢を正して剣を抜き、騎士の礼をとって声を張り上げた。



「城塞都市エストのシオン殿!


 あなたはその比類なき勇敢な行いで、シュガ公爵令嬢、及びシュガ公爵騎士団員ミンティアをその身を削り、身を挺して令嬢・団員の生命を救ったこと、シュガ公爵、及び領民に成り代わりここに感謝致します!


 よってシュガ公爵に成り代わり、ここに勲章を授与致します!


 シオン殿どうぞ!」



 カルシスは言い終わると、胸の隠しからメダルの様なものを取り出し、シオンに差し出した。


 もともと真面目なカルシスの割り増した堅苦しさに、シオンもつられて恭しく差し出されたメダルを受け取った。



「何分、出先でな…

 そのメダルは正式な勲章では無いのだが、公爵騎士団の証となるメダルなのだ…

 迷惑でなければ持っていてくれないか?」



「証?…迷惑なんてとんでもない!

 でも良いのでしょうか?」



「シオンが悪用なんてしないことはわかっているし、どうにか感謝を伝えたくてな…


 それよりシオン、本当にありがとう…

 キャス様を救ってくれたことは我々騎士団一同、本当に感謝しているんだ…」



 今度のカルシスは普段に戻って、儀礼的ではない様子でシオンに頭を下げた。


 頭を下げたカルシスの目が潤んでいるのが見て取れて、シオンも慌ててメダルのお礼を言って頭を下げた。


 朝靄が包む領主館の門の前で行われた、片や儀礼鎧の騎士、片や旅装の少年が頭を下げ合うという不可思議な光景は、朝靄が優しく人目から二人を遮ってくれていた。







いつもご愛読ありがとうございます。


真に勝手ながら8月の12・15日の更新は休ませて頂きます。


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