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「あの病人…助からないんでしょ?」
「えぇ、そうらしいわ…」
その声は、この一ヶ月の間に何度もベッドメイクをしてくれていたメイドの声であった。
もう一人の声も、何度か食事を運んでくれたメイドのものに相違なく、二人の指す病人とは自分のことだと容易に察せられた。
シオンも自分の身体の異常には気付いていた。
この一ヶ月というもの昼夜を問わず、身体を襲う痛みに苛まされていた。
部屋の中を歩くどころか、ベッドから起き上がることもできず、眠れば自分の悲鳴で起きることも屡々であった。
シオンには、孤児院にもいた看護係とメイド達では違う仕事である事も分かっていたので、メイド達に自分の世話をさせていることを申し訳なく思っていた。
なので、聞こえてきた声を責めるつもりが無いだけでなく、自分の容体を知っているのなら聞きたいとさえ思っていた。
「あなた達、無駄口をきいてないで手を動かしなさい!」
隣室のメイド達は、メイド長に叱られたらしく、叱っているメイド長の声もシオンの部屋まで届いていた。
「失礼します」
ノックの後、訪いの言葉と共にメイド長が部屋に入ってきた。
メイド長は、窓が大きく開いているのを見ると、小走りで閉めに向かった。
その時、隣室からメイド達のメイド長に対する愚痴の様なものが聞こえてきた為、メイド長は苦虫を噛み潰したような表情で慌てて部屋を出ていった。
その後、窓が閉まったからなのか、誰の声もシオンに届く声は無く、二人のメイドがどうなったかは、わからずじまいだった。
その日、執事と医者が、朝からシオンにあてがわれた部屋へとやってきた。
この数日というもの、シオンはメイド達の言葉を気にしない様に過していたが、メイド達はシオンに聞かれたことを知ってか、以前にも増して無口に淡々と仕事をこなし、シオンの部屋にはなるべく滞在しない様にしている様だった。
どうやら執事と医者がきたのも、その件に関わりがあるようで、どちらが先に切り出すか暫く譲り合うような雰囲気だったが、意を決したように医者が話し始めた。
「君は、慢性魔力欠乏症だな」
魔力欠乏症とは、内包魔力を使い切った際に身体に起きる変調・不調の事であり、シオンもギュウチとの初めての訓練の際に経験したことがあるものだった。
「先生、魔力欠乏症は経験がありますが、慢性とはどういうことですか?」
シオンは冷静に疑問をぶつけた。
「何故そうなったかは、君の方が心当たりがあると思うが、君は所謂魔袋が破損している状態だ。
そこから魔力が常に流れ出ているから、その度に欠乏症をおこしている」
「魔袋が破損?」
「ああ、知っていると思うが、魔袋とは概念であり、実際にある臓器では無い。
古より研究はされているが無いものは無いのだ」
「先生、では…」
「ああ、そうだな…
君の症状に対して打つ手は無い…」
「そんな…
でも薬を飲んでるじゃないですか?」
「それでよくなったか?
確かに痛みを緩和する処方はしている…
だがそれは、ワシが言うのもなんじゃが気休めのたぐいじゃよ」
この一ヶ月の間、シオンは確かに毎日、薬を飲んできたが大元の改善には効いていないことを薄々は感じてはいた。
「先生、其の辺で…
私の方からも話がありますので…」
今まで横で我関せずといった具合でシオン等に注意も払っていなかった執事が、医者に断りを入れた後、シオンの方へ向き直った。
「シオン君と言ったね。
聞いておきたいのだけど何時まで滞在する気なんだい?」
執事の物言いは丁寧を装っていたが、明らかに拒絶、いや侮蔑の意が含まれていた。
連れてこられるまま、寝かされるままのシオンだったが、考えれば一庶民でしかない自分が、離れとはいえ領主館の一部屋を占拠している状態で喜ばれる訳が無いと改めて思い当たった。
「既に一ヶ月は優に超え、二ヶ月近くになります。
キャスリン様のお知り合いとはいえ、些か度が過ぎるのではと…」
シオンには返す言葉が無かった。
「ですので、症状に変化が無いのであれば、そろそろ…」
その時、廊下を走る足音が、けたたましく響き、そのままの勢いでドアが開き、キャスが入ってきた。
「あなた達、ここで何をしてるのですか?
シオンに何を言ったのですか?」
怒りが溢れていることを隠そうともしないキャスを見て、シオンは何故だか頭が冷えるのを感じた。
それはシオン自体も「症状が変わらないのであれば…」などと軽く言う執事に腹を立てていたという事だが、怒ってくれるキャスを見ていたら何やら満足感がうまれてきたのだ。
「キャス、ありがとう…
話は全部聞いたよ…」
今尚、怒りの眼差しで執事を睨みつけるキャスに落ち着くようにシオンは声をかけた。
「セバスはまだしも、先生まで一緒になって!」
「いや、ワシはメイド長に頼まれてな…」
「メイド長に?」
「ああ、メイド達の立ち話を彼に聞かれたらしくてな…」
医者の言い訳を聞いたキャスは、怒りが再燃したか、執事に向き直ってまくし立てた。
「メイドの件もあなたの仕業ね!
最初からあなたが非協力的なのは分かっていたけど、
それにしても随分じゃないの!
言ったはずよ、私の命の恩人だと!!」
「いえいえ、私は協力的ですよ。
キャスリン様にご領地より帰還命令が出ているじゃないですか?
引き上げるのに彼が邪魔なんですよね?」
いつの間にか部屋に来ていたキャスのお付きの人達も、執事の言葉に同意の様子だった。
カルシスでさえ、苦虫を噛み潰したような表情ながら執事の言を否定はしなかったのだった。
いつもご愛読ありがとうございます。
真に勝手ながら8月の12・15日の更新は休ませて頂きます。




