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「な、何!」



 シオンの脚が黄金に輝いたと思いきや、黒尽くめの最後の一人がその場に崩れ倒れた。



「貴様!何をした!?」



 いまの今まで、ダルローの剣を必死の形相で捌いていたはずのシオンが、いつの間にかダルローの背後を取っていた。


 ミンティアは気を失い、キャスはそのミンティアを支えるので手一杯、明らかに黒尽くめを倒したのはシオンであったが、その場の誰もがシオンの動きを目で追うことはできなかった。



「何をしたって?

 お前らがあまりにもノロマだから、お前の剣を弾いて、あそこの奴を倒してからお前に斬り掛かったんだよ!

 てか、お前の方こそよく俺の剣を受け止めれたな!」



 ダルローにとって、それは受け入れ難い事であったがシオンの剣を受け止めたのは正しく偶然だった。


 油断は一切していなかった。目端がきく小僧であることは解っていたからだ。


 ほんの先程まで明らかに自分の攻勢に手も足も出ない様子であった。


 あと数合も打ち合えば必ず破綻をむかえ、小僧は自分の前に膝を屈するであろうと思っていた。


 ならばトドメの一撃とばかりに回転を利用した強打を放とうと身体を反転させた。


 その振りかぶった我が剣が、そこにいるはずのない小僧の剣と打ち違ったのだ。


 小僧は目の前にいたはずだった。目を離したのは反転したときだけだ。そう、僅かに体を半回転させたときだけなのだ。



「貴様如きの剣が、我に届くわけがなかろう!」



 ダルローには、何かを発しなければ思考の波に攫われそうなほどの動揺があったが、発した言葉とは裏腹に身に着けた薄鎧の中には冷たい汗が流れていった。




 一方のシオンも焦っていた。ダルローの剣風からの脱出と逆転の為に、脚へと追加で掛けた重ね掛けは、言わば切り札だった。


 確かにダルローの背後を取ったはずであった。しかしダルローは神速ともいえる反応でシオンの剣を受け止めたのだ。


 そして更に不味かったのは、この剣の一撃の為に脚を止めてしまったことだった。


 そう、脚から魔術は消え去ってしまったのだ。


 幸い、ダルローの脚も止まった様で、そこの条件は一緒となったが、もとの剣術の腕に雲泥の差があることは先程までの撃ち合いではっきりしている事であり、切り札を止められた今、シオンには直ぐに出せる一手が無かった。



「魔力の重ね掛け…

 そうか、貴様は南湖魔人の手の者だな!」



 シオン達の住まうシュガレスト王国の南には湖沼地域が広がるが、この地に住む少数民族は王国民よりも魔術に長け、圧縮法による連続運用も行うことができた。


 地理的に王国とは何度も干戈を交えており、その圧倒的な魔術の前に、王国はその地の併合も南への進出も諦めた経緯があり、その民族を南湖魔人と呼んで蔑んでいた。


 ギュウチの知る一派も、正にこの南湖族の者達であることを書き記しておく。



「道理で身体能力の割に剣技が拙いわけだ!

 なぜ紛れているのか知らんが、魔人とわかれば見逃せぬ、ここで駆逐してくれよう!」



 そう言い放つと、再びダルローは剣による暴風をシオンに浴びせかけた。


 シオンは今度も防戦一方になり、言葉も発する余裕もないほど直ぐ様に追い詰められていった。



「フフ…どうやら魔術も打ち止めか?

 二…いや三回か?その若さにしては出来る方なのだろうが、それでのこのこ王国まできたのが小僧、貴様の運の尽きだ!」



「シオン、逃げて!お願い逃げて!!」



 シオンが魔人と聞いてもキャスに動揺は無かった。


 シオンは今、自分の為に生命を張って戦ってくれている。今だけじゃない、以前にも張ってくれた。


 キャスの叫びは、ただただ友人の生命を心配する心からの叫びだった。



「フン、王国公爵令嬢ともあろう方が魔人を頼りにするなど…

 だから公爵家は王の粛清の対象になるんだよ!」



 キャスも分かっていたことながら、ダルローが公爵“家”と言ったことに改めてショックを受けた。



(父様、母様、兄様、そして姉様…)



 キャスの姉達は、すでに嫁いでいる者もあり、また自分と同じく避難した者もいたが、父母と兄は逃げる先も、逃げるわけにもいかずに未だ領地にいるはずだった。



「フン、安心しろ!貴様で最後の一人だわ!」



 ダルローの慈悲なき言葉に、キャスは泣くものかと睨みつけたが、心情的には目の前が真っ暗になっていた。



「そうだ!

 貴様には特別に魔人を国内に手引きしたという罪状を足してやろう!

 さすれば王城に、可愛いその首が晒されるのを全王国民が楽しみに待ち望むことだろう!」



「だ、誰が魔人で、誰の首を晒すって?!」



 キャスとの会話のせいか、少しだけ圧の下がったダルローの剣風を掻い潜り、シオンは少しだけ距離を空けることに成功した。


 シオンの全身は、先程よりも深い傷が増え、至る所から出血していたが、その眼は少しも死んでいなかった。



「魔人がどうとか…公爵がどうとか…

 俺にはよく分からないけど、守ると決めた以上、俺は親友キャスを守る!

 邪魔するお前を、俺は全力で排除するだけだ!!!

 “四”“五”“六”!」



「蛮族の小僧が何を…

 う、うわっ!」



 誓と共に袈裟に振るったシオンの剣は、受けに出たダルローの剣を斬り飛ばし、そのまま肩口から脇腹まで走り抜けて、ダルローを領主館の壁まで吹き飛ばした。


 血走った目と黒鉄に光る両腕を引っ提げてシオンはダルローが吹き飛んで衝突し破壊された壁へとゆっくり歩き始めた。






「グフッ!」



 ダルローは血を吐いた。


 軽鎧のおかげで即死は免れたが、身体内部へのダメージは深刻だった。息を吸うたびに胸に激痛が走り、立ち上がることはおろか、四肢は痺れ、頭はふらつき、目の焦点も合わない程であった。


 すでに何合も剣を合わせ、シオンとかいう小僧の膂力は分かっていたつもりでいた。


 一兵卒のうちから魔人共とは何度も戦ってきた。


 奴らは、士官クラスでも魔術の重ね掛けを三回以上する者はおらず、後に拷問により得た情報でも四回が最大上限で、それを超えれば死あるのみと確認されていた。


 小僧の構えにパリィを仕掛けて、弾かれて隙だらけの心臓に我が剣を突き立てるはずだった。


 戦場で鍛えたその技で何人もの敵を地獄に送ってきた。


 小僧の剣との角度もタイミングも全てが合っていたのに、鋼の愛剣ごと斬られたのは自分自身だった。


 更に秘薬で抑えていた魔術切れの後遺症が、ここに来て出始めて全身が震え始めた。


 ここにいては不味いと、這い蹲り離れようとするダルローの耳に、自分に近付く足音が響いた。


 その音は、死を思わせる音だった。





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