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「キャス、何を言ってるんだよ?」
「そうですよ、お嬢様!」
「ありがとうシオン…
助けてくれて感謝してるわ、でもこれ以上は駄目。
あなたを巻き込むわけにはいかないのよ…」
そう言ってキャスは、シオンに背を向けた。
「キャス…」
キャスのおおよその事情はギュウチから聞いているシオンだったが、それを明かせない以上、キャスの拒絶を越えて説得するのは難しかった。
「キャス…僕らは友達じゃないか!
困っているなら頼ればいいじゃないか!」
「うん、ありがとう…
でも私の抱えている問題は簡単じゃないの…
あなたを巻き込んでも解決には程遠いのよ!
それなのに命の危険もあることに巻き込めない!
だって、私だって友達だと思ってるんだから!」
そう言ったキャスの声は鼻声であり、シオンに向けている背中は、小刻みに震えていた。
「でもキャス…」
「お嬢様、敵に動きがあります!」
シオンはキャスの背中に語りかけようとしたが、それを遮るように、燃え続けるキャスの屋敷の様子を伺っていたミンティアが切羽詰まった声をあげた。
「私達が倒した二人を見つけたようです!
こちらに気付くのも時間の問題かもしれません!」
「シオン、本当に今日はありがとう!
別に死に行くわけじゃないし、領主館に匿ってもらうだけなんだから変な心配しないでよ。明日になったら訪ねてきて、ちゃんと説明できると思うから…」
シオンの方へ向き直ったキャスは、いつもの…いや、いつもに増して笑顔でそう言った。
シオンはキャスの目が赤く潤んでいるのに気付いたが言葉が出なかった。
「お嬢様…」
キャスを呼ぶミンティアの声は、とても穏やかだった。
「うん…
シオン、もう行くね…」
そう言って、二人は部屋の主を残して出ていった。
シオンは、ただ立ち尽くすだけだった。
「お嬢様、こっちです!」
背中に、数ヶ月過ごした屋敷がおこす熱波と喧騒を受けながら二人は走っていた。
『たしか、あそこを曲がれば…』
ミンティアがそう思った瞬間、いくつかの影が二人の行く手を阻んだ。
「お嬢様がた、このよう時間にどちらに行かれるのですか?」
黒装束を引き連れた、騎士風の男が慇懃無礼な物言いで声をかけてきた。
「ダ、ダルロー!」
焦りを帯びた声でミンティアが騎士風の男を睨みながらそう呼んだ。
「ほう、私を知っていますか…
では、話が早い…
ここで死んでもらいましょう!」
言うが早いか、ダルローは剣を抜刀するやいなやキャスを目掛けて電光石火の横薙ぎの剣を振るった。
あまりのその素早さにキャスは一歩も動けなかったが、そのダルローの剣はミンティアによって止められた。
「下がりなさい!無礼者め!!」
ミンティアはダルローとの鍔迫り合いを、体を旋回させて逸らすと、その勢いのままに剣を横へ振るって叫んだ。
「ほう、中々やりますね…
王国筆頭騎士の私の剣を止めるだけでなく反撃とは!」
よほど意外だったのかダルローは苦笑いを浮かべながらそう言った。
「お嬢様、剣を抜いて私の後ろへ!」
キャスを背に庇う様に立つミンティアだったが、黒装束の男達が手にした武器を見て内心絶望せずにはいられなかった。
先ほど受けたダルローの剣により腕がやや痺れており、剣を自在に振るには程遠い状態の上、黒装束の男達の手にあるのがスローイングナイフだったからだ。
「ダルロー!貴様は王国最強をうたいながら飛び道具頼みか?」
ミンティアは、飛び道具を封じようと隊の長であろうダルローに挑発の言葉をぶつけた。
「なるほど、たしかにそうですね…」
『やった!挑発に乗ったわ!』とミンティアは思ったが、続くダルローの台詞は予想からはかけ離れた内容であった。
「では、彼等に任せることにします。
皆さん一斉に投げましょう!」
『何!』
背にキャスを庇っていたミンティアは、一斉に飛来するナイフを躱すことができず、剣で弾いた分を除いてその身に受けた。
「ミンティア!」
「だ、大丈夫です、お嬢様…」
ミンティアを襲ったいくつものナイフは、刺さることこそ運が良く無かったが、腕や太腿、脇腹あたりを削り、血を流させていた。
キャスは、ミンティアを庇う様に剣を構えて立ったが、その剣先は震えていた。
「お嬢様、いけません下がってください!」
ミンティアはすかさずキャスとの位置を変わろうとしたが、足に力が入らないのか、その場に膝をついてしまった。
「クククク、麗しい主従愛ですね…
まぁ、どちらにせよ頂く命ですから私としてはどうでもいいですがね!」
「ミンティアに押されて剣での勝負から逃げた卑怯者がなにを!」
キャスは、上段に剣を構えて駆け出し、ダルロー目掛けて振り下ろした。
だがダルローは、振り下ろされた剣を避けることもなく下からキャスの剣を弾いた。弾かれた剣はキャスの手から離れ、遥か後方の闇の中に消えていってしまった。
『しまった!』
返す刀で振り下ろされたダルローの剣を、もはやキャスには避ける術もなく、目を閉じて死を待つしかなかったが、急に身体を引かれてその場に尻もちをついた。
「ミンティア!」
お尻の痛みに目を開けると、ミンティアが自分の方に倒れてくるところだった。
慌ててミンティアを抱きとめて支えると、背に回したキャスの手に温かな液体が付着した。
「ミンティア!!」
主の危機にミンティアは、キャスを庇うべく立ち上がったが、傷の痛みに剣をとる力もなく、振り下ろされるダルローの剣の前に身体を滑り込ませるだけで精一杯だった。
「フフフ、無駄なことを!」
ダルローはそう言うとキャスが支えていたミンティアの身体を蹴って払い除けた。
キャスは慌ててミンティアの身体を再度、抱き起こして支えたが、ミンティアは気を失ったのか、すでに…なのか、声を上げることもなかった。
「フフフ、時間稼ぎにもなりませんでしたな、もっとも稼いだところで結果は変わりませんが…」
ダルローの嘲笑混じりの言葉があたりに響いた。
「いや、そうでもないさ!」




