2
超常者レインの人生は、人から盗む事で成り立っていた。誰よりも卓越したその技術で邸宅に忍び込み、闇を友に生きてきた。
名が売れれば近寄る者も多くなり、地域の元締めに目をつけられたりもした。
徒党を組むのを嫌い、幾ばくかの上納で誤魔化していたが、いつからか同じ衆が集い、腕っぷしもありリーダーのようになっていった。
そんな集団が、周囲のどんな勢力よりも大きくなった頃、人生を変える出会いがあった。
いつもの様に、一人働きのあとで丘に登り朝日を眺めていると、朝焼けの草原に蠢く影を見た。
近寄ると、年端もいかぬ子供たちが寒さに震えながら朝露に濡れていた。
いずれから流れてきたのか捨てられたのか、数名の子たちは痩せこけて固まっていた。それはこの辺りでは、よく見かけた光景だったはずたった。
しかし、レインはこの時、何故か自分でも分からないがなんとなしに、持っていた食料と水を年長にみえた少女に施しとして与えた。
少女はその僅かな食料を、小さい子から分けていき、結果、自分の口には入らなかったが、深々とレインにお辞儀をした。
顔をあげた少女の強い目をみた瞬間、レインの身体に何かが走った。
レインは、少女に金貨の入った革袋を押し付けると、逃げる様にその場から去った。
その日を境に、とある裏社会の王が消え、“義賊”レインが生まれた日となった。
レイヤーと呼ばれた女は、街外れの宿の彼女にあてがわれた薄汚れた地下室で毎夜のように祈っていた。
他の女中たちが、夜になれば客を取る中、彼女はそれを嫌ったために疎まれ、地下室に追いやられたのだった。
地下室はベッドを置けばそれで埋まり、窓はなく湿気も籠もる有り様だったが、起きている間中、働き詰めの彼女には、さして気にならなかった。
そんな事より彼女の気が向いていたのは、止まぬ戦乱の世のことであり、そのための祈りを毎夜、おこなっていたのだ。
ある夜、いつもの祈りを終えべッドに入り、ウトウトとしていた頃、いつにない蒸し暑さに目が覚めた。
扉を開けようと取っ手に触れると、取っ手は火傷をしそうな程に熱せられていた。
扉の外から聞こえる、風が起こす様な音に不安を感じて、扉を叩いたが誰の返事もなかった。
押し寄せる不安により彼女はシーツを被り、祈りを捧げた。いや祈らずにはいられなかったのだ。
しばらくすると、祈りが通じたのか、全ての物音が聞こえなくなった。
戸惑いの中、時が過ぎたが、あまりの静けさに己の生さえ疑ったレイヤーだったが、勇気を振り絞って立ち上がり扉を開けた。
扉の先には何も無かった。
比喩ではなく、街の全てが燃え尽きて何も残っていなかったのだ。
二日後、地域の役人が調べにきたが、放火か、失火か、賊の襲撃か、全てが燃えていたために分からずじまいだった。
ただ不思議なことに、街の上だけに雨が降ったあとがあり、近隣の村からの目撃情報からもそれが事実としれた。
一人生き残ったレイヤーの噂は、周囲に広がり、雨乞いの巫女と呼ばれる様になっていった。
後の世に、超常者会議と名付けられた会合の文献に、リートと名乗った人物の過去に関する記述はなかった。
文献には、何故、他の参加者が彼の人物を超常者と認めたのか、その理由も残っていなかった。
他の超常者の後日談が残る中、彼の人物の物語が不明なことから近年編纂された文献では、あの夜、死体となって見つかったのはリートであるとされた。
最後の超常者であるキット卿は、あの決裂の後、己の勢力地に戻らずに白掌山に籠もり、大いに研鑽を積んだ。
後に、卿と呼ばれるに至ったのは、この行動ゆえである。
超常者会議は決裂したものの、卿の世を憂う気持ちは本物であり、このまま勢力地に戻ったとしても、また戦乱が続くだけだと考えたのだ。
卿は、四人で作った書を思い出しながら修行の日々を重ねること数年、更なる力を手に入れた。
山を下りるにあたり、数名の弟子をとって、世の争いを除くべく各地を旅した。
結論を言えば、その旅で戦乱の世が治まることはなかったが、助けを受けた人々が、その行いを讃え、いつからか彼の名を口にする際に、卿とつける様になったのだった。
卿は晩年、自分の研鑽の成果を、弟子達の為に一冊の書として纏めた。
四人の力から生まれた数々の術を書いたその書は、裏切り行為を戒めるために、卿により「三雌雄の書」と名付けられ、一派の門外不出の書となった。
これら全ての伝承は、戦乱の時代を経てきたゆえ、口頭から口頭へと伝わったものだったが、とりわけ「三雌雄の書」にまつわる伝承は、門外不出とされたこともあり人々の妄想を掻き立て、卿の思いと裏腹に争乱の元へとなっていった。
この作品の更新スケジュール
5月中 月・水・金
6月〜 月・木
よろしくお願いします。