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シオンは以前にギュウチが言っていたように、盥の中の布を押し付ける様にイメージした。
しかし魔力は、まさに水の中の布の様に、押し付けようとしても押している手の指の間から外側へヒラヒラと逃げるばかりで、圧縮することなどできなかった。
「ギュウチさん、できません…」
何度試しても指の隙間から溢れていく魔力に、シオンは始めて弱音を吐いた。
「クク、お前でも難しいと感じるものがあるか」
「はい…難しいです」
シオンは、笑わなくても…と思いながらギュウチに助けを求めた。
「ふむ、お前はどうイメージをつけている?」
ギュウチの問に、以前に言われたように盥の中の洗濯物を押すイメージでやっていますとシオンは応えた。
「お前、洗濯はいつも自分でやってるのか?」
ギュウチの質問の意図は分からなかったが、いつも自分でしているので「はい」と応えた。
「そっか、自分でか ククッ!
シオン、お前は洗濯を自分でしているからリアルに想像しすぎてるんだ!
俺が言ったのは、あくまでイメージだから水の中で押された布がどう動くかなんて想像してねーよ
クククッ、お前、面白すぎんだろ!」
シオンは、言われて確かに布の動きまで明確にイメージしていた自分に気付いた。
イメージを明確に持つ事は魔力操作の重要点であったのだが、ここではそれが裏目に出ていた。
しかし、そこに注意して、何度やってみても洗濯をイメージする一連の動作の中で布は泳いでしまった。
「ククク、笑ける!
おい、もうそのイメージでやるのは辞めろ、時間の無駄だ!
洗濯は一回全部忘れて他の手を考えろ!
そうだ!詰め放題のパンにしろ!
魔力はパンだ!
ほれ、押し込めば、もう一本はいるぞ!」
シオンは言われた通りにパンを思い浮かべた。それも食べたことのない白くて柔らかい四角いパンを。
配達の仕事で行くパン屋には、白くて四角いパンがあり、身形の良い人達が買っていっていた。
そのフワフワのパンを袋詰する店員の優しい手つきを何度も羨望の眼差しで見ていたからパンとパンを袋に詰めるイメージはできた。
ただ、イメージとはいえ、あのフワフワのパンで詰め放題をするという、なんともいえない背徳感をシオンは感じていた。
「お!なんとかなりそうだな」
ギュウチの言う通り、洗濯のときとは打って変わってシオンにも魔力が押せている感覚がはっきりと分かった。
「いいぞ!
おい、焦るな!ゆっくりでいい!」
シオンの腹にあてた手から魔力の動きが分かるのか、ギュウチにしては珍しく細かなアドバイスをくれた。
「よし、それでいい!
そしたらゆっくり離すんだ、少し戻る感じがするだろうが気にすんな!」
シオンがギュウチのアドバイス通りにゆっくり押すのを止めると、確かにパンのイメージか、魔力は少しだけ反発するように膨らんだが、それは少しだけで膨らみはすぐにおさまった。
「で、できました…」
「あぁ、うまくいったな
後は明日の朝に魔力が満タンになっていれば成功だ!
明日、またここで結果を聞かせてくれ
思ったより時間がかかっちまったな、俺はもう帰るぞ!」
成功の喜びに浸っていたシオンだったが、ギュウチの言葉に慌てて頭を下げてお礼を言った。
「ありがとうこざいました!」
「あぁ、明日な!」
ギュウチは、いつもの様に振り向きもせず片手を上げただけで、足早に去っていった。
シオンは、もうしばらく成功の余韻に浸っていたかったが、明日を思うと早くベッドに入りたいという気持ちも浮かび、帰ることとにした。
もし、今のシオンを知り合いが見かけたら訝しがるだろう。
そのぐらい帰路の間中、成功の余韻は何度もシオンの顔を顔面崩壊させていた。
いつにない目覚めの良さにシオンは驚いた。
いつもより遅く寝たにもかかわらず、頭はスッキリとし、体は昨日まで感じていた蓄積された疲労感も全てなくなっていた。
その日、シオンの配達先は、シオン達が住む区画からは街の反対側の区画だった。
運ぶ荷も背負い籠一杯の果樹であり、配達仲間からもハズレ案件扱いされる始末だった。
「今日は、お前はその一本で終いだな、まぁ暗くなる前には戻れるだろう」
親方にまで同情されての出発だったが、シオンの足取りは背の荷物など無いかのごとく軽かった。
仲間達は、午後の軽食を食べている頃に戻ってきたシオンに、配達に不備があったのではと、疑いの眼差しを向けたが、シオンの疑惑を払うかの様に、書類にはキチンと配達先の完了印が押されていた。
実は、シオン自身にも何故こんなにも体の調子が良いのかは分かりかねていた。
そして夜を迎え、シオンはいつもの広場にやってきた。
「その様子だと、成功したようだな!」
ギュウチが声をかけてきた。
シオンもかなり気を張りながら広場に入ってきたはずだったが、声をかけられるまでギュウチの存在に気付かなかった。
「よし、今日は身体強化を教えてやる
まぁ、それで卒業だな!」
ギュウチの言葉に、いよいよ魔術が使えるとシオンの期待は高まるばかりであった。




