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「早かったわね!」
昼過ぎに仕事を終えたシオンが、アパートに戻ると、階段の前でどこかの子供と遊んでいたキャスが声をかけてきた。
「あぁ、そうだね。今日は近場だったんだ。すぐ着替えてくるから、もう少し待っててくれ」
シオンがキャスの脇を抜けて階段を登ろうとすると、キャスが腕を取った。
「そのままでいいわよ!
時間がもったいないから早く行きましょ」
シオンは、時間の約束も行き先も聞いていないのに理不尽!と思いながらも引っ張られるままに付いて行った。
「歩きづらいよ!」
引っ張られているせいで、キャスに合わせて小幅で歩く羽目になっていたシオンは、何度も転びそうになったので、キャスの腕を振りほどいた。
「あっ!
…ふふん、私と手を繋いで歩ける名誉なんて中々ないのよ!」
キャスがいつものふくれっ面で言ったが、すれ違う人に笑われていたあの状態を「手を繋ぐ」とも「名誉」と呼ぶとも知らなかった。
その後は、キャスも無理には繋いでこなかったので並んで街を歩いた。
「うん、ここね!」
キャスが、シオンを連れてきたのは、シオンも仕事で何度か来たことのある高級の鍛冶屋だった。
キャスは、慣れたように店に入ると、カウンターの中の女性に声をかけた。
「キャス様、いつもありがとうございます。今、奥で最後の調整をしていますので少々お待ち下さ…」
カウンターの女性が、言い終わるかいなかのうちに、奥から職人風の男が剣を持って出てきた。
「嬢ちゃん、できてるぜ!」
キャスは男から剣を受け取ると、無造作にそのままその剣をシオンに突き出した。
シオンが慌てて受け取ると、カウンターの女性と男がクスクスと笑っていた。
シオンはその笑いを荷物持ちの少年に対しての嘲りと感じたが、気にしていない素振りをして店の中を眺めていた。
「ねぇ、何を怒ってるの?」
「別に怒ってないよ」
店を出てからシオンは、剣を殊更丁寧に持ち、従者の様にキャスの後ろを歩いていた。
「だったらなんで離れて歩くのよ!」
キャスは振り向きながらそう言って、後ろを歩くシオンの空いている腕に自分の腕を絡ませる様にして引っ張った。
「「あっ!!」」
急に引っ張ったせいで、二人の顔がくっつくほど近づいた。
「何するんだよ、危ないなぁ」
「だってシオンが…」
お互いに真っ赤になって言い合っていると、何人もの通行人が笑いながら二人を追い越して行った。
「い、行こう!」
真っ赤な顔のキャスが、腕を絡ませたまま、歩き始めた。
シオンもここで振りほどけば、また口論になると思い、腕を絡ませたまま、キャスに合わせて歩き始めた。
二人は、アパートの前の道に差し掛かる角まで腕を組んで歩いていたが、角を曲がる所でどちらからともなく腕をほどいた。
「キャス、ほらこれ」
シオンは、キャスの家の階段前で、運んでいた剣をキャスに返した。
キャスは無言で受け取ると、鞘を払い剣を二、三度振って陽にかざした。
陽の光を浴びて鈍く光る剣は、シオンからみても、とても格好良く感じた。
しばらく二人は剣を眺めていたが、満足したのか、キャスは剣を鞘へ戻した。
「重いわ、貴方が使いなさい!」
キャスは、そう言って剣をシオンに渡した。
急な行動だったので、思わず剣を受け取ってしまったシオンだったが、すぐに慌ててキャスの腕に戻そうとした。
だが、キャスは受け取ろうとはせず身を躱した。
「ど、どういう事だよ?!」
「えっ?聞いたでしょ?重いのよ! この剣は私にはちょっと無理だわ…
あんた、振ってみなさいよ!」
剣をここまで運んできたシオンは、十分に重さを把握していたが、キャスに言われるままに鞘を払って振ってみた。
「そこまで重いか?」
止め、跳ね、払いと、一通りシオンは剣を振ってみたが、重さ、バランス、握りと、全てが良く、振っていて心地良い剣だった。
「私には重いのよ… 気に入ったようだし、あんたにあげるわ」
「はぁ? 貰えるわけないだろ!
簡単に買えるものでもないし…
お前、何考えてんだよ?!」
「うるさいわねぇー! 大声出さないでよ!
わかったわよ「あげる」は訂正するわ、でも私には使えないから、とりあえずあんたが持ってて…
それに、そろそろ練習だって木剣だけじゃ進まないんでしょ?」
シオンは、キャスの言う練習の言葉に、思わず唾を飲んだ。たしかに木剣は真剣より軽く、剣筋をなぞるのには問題なかったが、あくまでそこまでのものでしかないと近頃感じていたのだ。
「どうしても要らないならいいわ、包丁に研ぎ直してもらうから頂戴!」
シオンは、この美しい剣が、包丁に変わる姿を想像して身震いした。
「キ、キャス… か、借りるだけ借りてもいいかな…?」
そう言って俯くシオンの顔を、キャスは意地悪そうな笑みを浮かべて覗き込む様に言葉を返した。
「フフフッ、借りるだけでいいの〜?
いいんだよ〜、別に返さなくても〜」
「い、いや、練習の為に借りるだけでいいんだ!
キャス、借りるよ! ありがとう!!」
「まぁいいわ、じゃあそういうことね
好きに使って!」
そう言うとキャスは軽い足取りで、リズミカルに階段を上っていった。
シオンは剣を抱くようにして持ち、そんなキャスを見送った。




