1
遥かな昔のこと、人々は何も知らず、知ろうともせず、ただ日々を暮らしていた。
自分達の住まう地の名も、大海も知らぬまま、良き出会いを得ては進み、悪しき出会いに争いをおこしていた。
出会いは人々を纏まらせたが、多くなるほど真には纏まらず、遂には戦乱だけが続く世になった。
神の憂いか、いくつかの纏まりの中から、四人の超常の力を持つ男女が現われた。
彼らは、ともに世を憂い、悲しみ、涙し、戦乱を終わらせるべく、一堂に会して力を合わせ、一冊の書を記した。
その書は、四人の叡智の結晶ともいえ、それを広く万人に広めることで、戦乱を終わりへと導くはずであった。
だが、ここでも争いは起きた。
書が完成した晩、そのうちの一人と共に、書が無くなったのだ。
他の三人は、日の出を待たずに消えた書とその者を追ったが、見つけたのはその者の変わり果てた姿だけで、書はいずこかへ消え失せたのだった。
三人は、互いを疑い、口論を繰り返し、罵りあって最後には決裂し、それぞれの勢力のもとへと帰っていった。
それから百年以上の時が経ち、その間には、いくつもの国が起こり滅んでいったが、三人の伝承は今も残り、国中が燻ぶり続ける原因となった。
夕暮れから急に降り始めた雨は、雷を伴って夜半まで続いた。
稲光は、森をゆく一行を時折照らしては、闇へと返した。
「もうすぐエストに着く、師叔が待ってくれているはずだから急ごう!」
一行は、どれ程の距離を移動してきたのか、疲労の色が濃く、男の言葉に頷くだけで、誰も声を返すことはなかった。
雨は益々酷くなり、木々を通して吹き付ける風は、一行の体力を奪ってゆくが、代わりに、幼子を含む八人がおこす物音を消してくれてもいた。
だが、消していたのは一行の物音だけではなかったた。
「て、敵襲です!」
最後尾を歩いていた下男があわてて駆け寄ってきた。下男が背負った荷物には、矢が刺さっていた。
リーダー格の男が矢を抜くと、矢は背負子の背当てで止まっており、下男に怪我はなかった。
「師兄、先に行ってくれ。」
早くも剣を抜いた一行の一人が、リーダー格の男に言った。
「いや、お前には敵と戦うことよりも、先に行って師叔にこのことを伝えてもらいたい」
一行が、そんな相談をしていると暗闇から男の声が響きわたった。
「白掌山派の兄弟、できれば懐の物を分けていただけませんか?!」
一行のリーダー格の男は、フンと鼻を鳴らすと言葉を返した。
「いやいや、常夜党の方に兄弟と呼ばれるとは恐れ入る。ところで常夜党は義賊と聞いていましたが、宗旨替えでもしましたか?…どちらにせよ、見ての通りの有り様、懐の物と言われても分けるほどの路銀はありませんが…」
「ほう、なかなか惚けたことを仰有る… 安心してください、我が常夜党は今後も義賊と呼ばれることでしょう!」
その言葉と同時に、暗闇からなにやら光るものが放たれた。
「ウグッ」「キャー」
叫びとともに、一行の内、下男と赤児を抱いていた女がその場に倒れた。
「師妹!」
先ほど、リーダー格の男に師弟と呼ばれていた男が倒れた女に駆け寄り赤児を抱き上げた。
「ど、毒…」
そうとだけ言って女は事切れた。
「みんな、散れ!なんとか街まで逃げるんだ!!」
リーダー格の男は、皆にそう言いながらも自分は背負っていた剣を抜いた。
「師弟、その子のこともある。お前は街に走るんだ!」
「でも、師兄の子は?」
「その子と違って、俺の子は二歳だ…
抱えていったら必ず足手まといになるだろう…
なに、こちらは一人じゃない。妻と子をこの場から逃がすくらいできるさ…
とにかくお前は早く行って師叔を!」
師弟と呼ばれていた男は迷っていたが、覚悟を決めて走り出した。
暗闇から、またしても光とともに何かが、走り出した男に放たれたが、それで男が止まることはなかった。
「友よ、すまん。貧乏くじを引かせたようだ」
リーダー格の男が、その場に残ってくれた仲間に声をかけた。
「なに、お前と並んで敵に向かうのも久しぶりで楽しいじゃないか!」
「あなた、私も戦います!」
細身の剣を持った女が、そう言って、並んで身構える男達の横に立った。
「我らの息子はどうした?」
「ソルトなら下女と一緒に逃がしました」
「大丈夫なのか?」
「師弟が走り出すのに合わせて一旦伏せさせて、あとからゆっくり別の方向へ…
この雨の中なら大丈夫でしょう」
「ククク、お前の嫁は策士だな!だがこれで憂いなく戦えるってもんだ…
行くぞ友よ!」
こうして、雨の中の戦いが始まった。