テンプレ展開は避けて通れない
昨日の丁度いい疲れ具合のおかげでよく眠れた。
俺は、今日から改めてソロ冒険者として活動することが楽しみで仕方がない。
誰が何と言おうと、必ずソロでクエストを受けると決めている。そう、必ずだ。
「おはようございます、アンソニー様」
「おはようイリス」
「今日こそ、ソロでクエストを受けられるのですね」
「ああ、必ずな。準備をしたらすぐに出る」
イリスと挨拶を交わした後、朝食を済ませると冒険者用の服装に着替える。
いつものように特殊なカラー剤で、粗めのメッシュに見えるように染めると鏡で見た目をチェックする。
メッシュというよりツートーンというのだろうか? とりあえずそんな感じだ。
「うん、今日もいい感じだな」
念の為イリスにもチェックしてもらおう。
「イリス、どうだ?」
「⋯⋯? ええ、今日もいい感じですよ」
イリスは何を聞かれたのかわからず首を傾げていたが、意図に気付くと「あっ」と言っているような表情の後、見た目に問題ないかについて言及してくれた。
よし、これで今日も安心して冒険者として活動できるな。
「なら問題ない。行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ。お気をつけて」
こうして今日もイリスに見送ってもらった後、冒険者ギルドに向かった。
* * *
冒険者ギルドにて。
Bランク冒険者パーティーのリーダーであるオリバーは、ここ最近クエストがうまく達成できずイライラしていた。
彼が率いるパーティーメンバーは、Bランク冒険者とCランク冒険者で構成されている。
しかし、お世辞にも関係性が良好とは言えず、モンスターを討伐する時の連携もうまく機能していない。
「なぜこうもうまくいかないッ! お前ら、真面目にやってんのか!?」
「オリバーさん⋯⋯指示をミスって連携がうまくいかなかったのは、あんたのせいじゃないか!」
「なんだとッ!? 元はと言えば、お前がもっと素早く動いていればこうはならなかったんだ!」
「⋯⋯もう、あんたとはやっていけねえ。 俺はパーティーを抜ける、じゃあな」
オリバーの横暴さについていけず、パーティーを抜ける者が現れた。
これは今に始まった事ではなく、オリバー率いるパーティーではよくあることである。
「──クソが!」
オリバーはクエストとパーティーメンバーとの関係がうまくいかないことと、新しいメンバーを探さないといけないことに苛立ちを覚えた。
周りでその光景と見ていた冒険者たちは、「またか」というような視線をオリバーに投げかけている。
「⋯⋯チッ」
バツが悪くなったオリバーは舌打ちをすると、これからどうしようかと考えを巡らせる。
その時、周りがギルドに入ってきた1人の冒険者について話し始めたのが耳に入ってきた。
「おい、トニーだ」「昨日はあのソフィーとホーンボアの討伐数を競い合って引き分けたらしいぜ?」「今日は1人みたいだな」「ソロで活動するのは本当だということか」
オリバーはクエストに出ていたため、トニーとソフィーの勝負については知らなかった。
しかし、周りの話ぶりからCランクモンスターの討伐数での勝負とはいえ、トニーがAランク冒険者のソフィーと張り合える実力者であることを察する。
「丁度いい」
オリバーは、抜けた穴を補うことができるいい人材を見つけたとばかりに、トニーの元へ向かうことに決める。
現状を打破するには、一度スカウトを断られていたことなど気にするわけにはいかなかったのだ。
* * *
俺は今日こそはソロでクエストを受けようと冒険者ギルドに着くと、真っ先にアリシアさんの元へと向かう。
「アリシアさん、今日からソロでクエストを受けますのでよろしくお願いします」
「トニーさん、おはようございます。昨日、トニーさんの実力なら問題がないことも証明されましたし、改めてよろしくお願いいたします。あと、昨日の素材の買取報酬の準備ができております。1頭あたり1万レラで合計25万レラです。ギルドに預けておくことも可能ですが、このまま受け取られますか?」
そう言えばそうだった⋯⋯。ソロでクエストを受けることに気を取られていて、素材報酬のことをすっかり忘れていた。
初めてで、それも1回のクエストで社会人だった頃の月給分くらい稼げてしまったようだ。伯爵家の生まれである現世の俺からすると大した金額ではないが、お金があって困ることはないだろう。
冒険者ギルドは銀行のような役割も担っているようで、お金を預けておくこともできるらしい。
「では、預けておくことにします」
「かしこまりました、お預かりしておきます。引き出す際はいつでもお声がけください」
「わかりました」
「本日はどのようなクエストを受けれらますか?」
さて、どうするか。
俺が今受けられるクエストはCランクだが、クエストには討伐系、採取系、護衛系など様々な種類がある。C、Dランクだと中難度の採取系や討伐系、護衛系が多く、Eランク以下だと低難度の採取系や討伐系、掃除や荷運びなどの雑用系が多い。
Cランクからは特に討伐系と護衛系の受注可能なクエストが増えてくるが、ソロで活動するには護衛系はなるべく避けるべきだろう。日帰りならいいが、数日以上ともなれば野営の必要があるため、夜に1人で周りの警戒をするのは厳しい。もちろん、できなくはないが。
と、いうわけで、受けるのならやっぱり討伐系のクエストがいいかな。
前回同様、アリシアさんにおすすめのクエストを訊こう。
「アリシアさん、おすすめの討伐系クエ──」
「おい、トニー」
俺がアリシアさんにクエストについて訊こうとしたところ、何者かに話を遮られた。
振り向いて誰かと確認してみたが⋯⋯誰だこいつ。
人がせっかくクエストを受けようとしていたのに、邪魔するとは許せん。
「えっと⋯⋯どなたですか?」
「この前俺のスカウトを断ったばかりだろーが! オリバーだ、忘れたとは言わせん」
「あー、そうだったかもしれません。 それで、俺に何か用ですか?」
「お前、ソロで活動するみたいじゃねーか。悪いことは言わん、俺のパーティーに入れ。ソロでこなせるクエストなんて高が知れている」
こいつ⋯⋯何か用かと思ったら懲りずにスカウトかよ。
しつこい男はモテねーぞ?
「結構です。他を当たってください」
「まあ待て、ソフィーと張り合える実力者を遊ばせておくには惜しい。これからランクを上げていくことを考えると悪い話じゃないだろ?」
「いえ、大丈夫です、マジで。それに、新人冒険者を必死に誘わないとやっていくのが厳しいパーティーなんて、それこそ高が知れているのでは?」
「⋯⋯何だと? ガキが、言わせておけば調子に乗りやがって⋯⋯。俺の実力が知りたきゃ教えてやるよ」
おいおい、こいつマジかよ。
こんなテンプレみたいな絡み方をしてくる奴がいるなんて⋯⋯。
普段なら面白がって相手するところだけど、今日は絶対にソロでクエストを受けると決めている。
邪魔されるなんて、たまったもんじゃない。
どう考えても暴力沙汰を起こす気満々でこっちに向かってきてるんだが⋯⋯。
相手するしかないのか? これ。
「あんた、ちょっと待ちなさい!」
俺が苦笑いをしながら頭痛が痛い思いをしていると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「あ? 俺の邪魔をするっていうのか? ──っ、お前は⋯⋯ソフィーか」
「へえ、あんたみたいな頭の悪そうな奴でも、私のことは知っているみたいね」
「ああ、パーティーメンバーの力でAランクになった小娘がいるってことで有名だからな」
「まったく、これだから馬鹿は嫌いなのよ。私は個人としてもAランクよ。あなたみたいなパーティーメンバーに逃げられるようなBランク止まりの雑魚とは違うの」
ソフィー、俺の代わりに馬鹿の相手をしてくれるのは助かるが⋯⋯ちょっと煽りすぎじゃね?
そんなこと言ってると⋯⋯。
「ガキどもが⋯⋯揃いも揃って俺のことを馬鹿にしやがって⋯⋯。殺すッ!」
ほら、言わんこっちゃない。
激おこじゃん。
「あなた程度、私の足元にも及ばないわよ? もちろん、トニーにもね。彼はあなたと違って、ソロでもすぐにAランク冒険者になるわ。だから邪魔をしないで」
「御託はもういい。ソフィー、とりあえずお前からだ。さっさと殺り合おうぜ」
ソフィーがオリバーという男と戦うことになったらしい。
オリバーは見た目こそ強そうだが、ソフィーなら大丈夫だろう。
「ええ、でも先に場所を変えましょ。ここじゃ周りに迷惑だわ。アリシアさん、試験場を借りてもいいかしら?」
「はい、丁度空きがございますのでご使用ください。ただし、殺すのは禁止です。危険と判断した際に止められるよう、ライナスさんに見張り役をお願いしておきますね」
「ありがとう、助かるわ。──というわけでトニー、あなたはクエストに専念しなさい」
ソフィーが「まかせて」と俺にウインクで合図しながらそう言うと、試験場に向かって歩いていった。
「おい、トニー。次に会った時はボコボコにしてやる。⋯⋯泣いてパーティーへの加入を懇願してくるまでな」
「はあ⋯⋯そうならないことを願うばかりです」
俺の返事を聞いて満足したのか、オリバーも試験場に向かって歩いていった。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
はあぁぁぁ⋯⋯マジで面倒臭かった。
ソロでクエストを受けようとするだけで、なぜあんなのに絡まれないといけないのか。
今回はソフィーに助けられたな。貸しひとつ、といったところか。
ソフィーもソフィーで前回、俺の邪魔をしてきたが今回ばかりは感謝するべきだろう。
正直、ソフィーの対人戦闘を見たい気持ちもあるが、今回はソロでのクエストが優先だ。
さっきクエストに専念しろと言われたところだしな。
よし、今度こそ。
「──アリシアさん、おすすめの討伐系クエストを教えてください!」




