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空から猫が降ってきた話

作者: 玖音堂

夕焼けに染まる空をぼんやりと見上げていたら。

空から猫が降ってきた。

そいつは、くるっと空中で一回転して、優雅に着地を決めてみせた。


最初は、何かの見間違いだと思った。

空から降ってきたんじゃなくて、高い木から、落ちてきたんだろう。

木登りに失敗したんだな、おっちょこちょいめ。

けれど、近くに高い木はない。


「オレがそんな間抜けに見えるか。」


猫が言った。

なんてことだ。

今度は、空耳まで聞こえてきた。


「お前の間抜けなツラが見えたから、わざわざ降りてやったんだよ。」

猫が得意げに、鼻をつんと上げる。

「わざわざ……空から?」

「オレが地中から来たように見えたのか?」

いや、確かに空から来たな。

自分の空耳に突っ込まれる日が来るなんて、思ってもみなかった。


猫は、呆れたように首を振ると、俺の足元に歩み寄る。

「ほら、仕方ねぇな。」

そして、また鼻をつんと上げると、その大きな瞳を閉じ、その場にじっと丸まった。

「おい、早くしろよ。」

「……ん?」

「撫でさせてやるって言ってんだよ。」


なんだそれ。

なんて傲慢なやつ。

けれど、その丸っこいフォルムで偉ぶってみたところで、ちっともサマにはなっていない。

むしろ、自分の愛らしさに甘んじないその態度は、かえって好ましくも感じられた。


夕日にほんのり染まった、白く柔らかそうな毛並み。

それを、背中からそっと撫で付ける。


小さく脈打つ鼓動。

手のひらに染みる温かさ。


空から降ってきた、この傲慢な生き物は。

確かに、一匹の小さな猫だった。


「ん、少しはマシな顔になったな。」

「え?マシな顔って……」

「こんなに見事な夕日を前に、この世の終わりみたいな顔しやがって。

いいか、この夕陽が沈んだ後には、月が昇る。それが消えりゃあ、また日が昇る。

別れと出会いも、そんなもんさ。別れの後には、また新しい出会いがやってくる。

今日、オレたちがこうして、出会ったようにな。」


そうして猫は、まんざらでもないようにゴロゴロと喉を鳴らした。


「そうか……。俺、この夕日と一緒に、このまま消えてしまいたいと思っていたんだ。」

「そんなことだろうと思ったぜ。」

「でも、そうだよな。彼女に振られたくらいで、こんなところでめそめそしたって仕方ない。」

「おうよ。」

「彼女が、彼女だと思ってたやつが、実は俺の親友を狙って俺と仲良くしてただけのただの女装好きな男だったからって、気にすることないよな。」

「え?……お、おう。」

「それに、親友だと思ってた男が、急に魔界に帰るってメッセージを残して音信不通になったとしても、一生会えないわけじゃないしな。」

「まか?……は?」

「それで、俺もたまにはと思って、久しぶりに実家に戻ってみたら、『私たちの魂は世界平和のために捧げたのよ』とか言って、親が知らない間に、新興宗教に全財産寄付しちゃってるしさ。

俺の人生、一体なんなんだ、って。ほとほと嫌になったんだけど。

まぁでも、お前の言うとおりだ。こんなところで惨めったらしく凹んでいたって仕方ない。

新しい出会いのための別れだと思って、全部、吹っ切れることにするよ。」

「…………。」


猫は、小さく、おう、と答えて。

そして、また黙った。


夕焼けの空に、深い藍色が滲む。

遠くの空には、一番星も瞬き始めた。


「まぁ、アレだ。」

尻尾をピンと立てて、猫は大きく伸びをする。

「しんどいときは、こうして夕日でも眺めればいいさ。袖振り合うも多少の縁だ、そんときはまた、オレが相手してやるよ。」

「ありがとう。」

どうせ、自分の空耳なんだけど。

けど、なかなか悪くない空耳だったな。


「そろそろ俺は帰るぜ。」

「帰るって、どこへ?」

「そりゃあ、オレの棲家に決まってるだろ。日が落ちると、入れなくなるからな。」

なんだ、ちゃんと帰る家があるのか。

野良猫だとばかり思っていたけれど、実は飼い猫だったんだな。

しかも門限付きなんて、結構な箱入り猫じゃないか。

「それじゃあ、袖振り合うもなんとやらで、君の家まで送って行くよ。」

「それは、無理な相談だ。」

「無理?」

「お前、さっそく天に召される気か?」


そういうと猫は、くるりと俺に尻尾を向けた。

その尻尾の先が、一瞬、きゅっと丸まったかと思うと、

「あ……」

次の瞬間、その猫は階段を登るように、空中を駆け上っていた。


そうか。

空から降ってきた猫は、空に、帰るのか。


大きく躍動するその姿に、昔飼っていた飼い猫の記憶が重なる。

あいつは、茶色に黒い縞の、いわゆる茶トラの猫だったけれど。

そういえば、あの得意げな目つきや喉の鳴らし方は、あいつとそっくりだったな。


もしかして。


俺があんまり落ち込んでいるから、天国から俺のことを慰めるために──


「そんなわけあるか。」


夕日を背に、空中で振り返ったその猫は、不機嫌そうにそう呟いた。

そして今度こそ、まっしぐらに、上へ上へと駆けて行った。


夕焼けに染まる空をぼんやりと見上げていたら。

空から猫が降ってきた。

嘘じゃない、これは本当の話だ。

だから俺は、それから毎日、夕日を眺めている。

そうしたらいつか、また彼に会える気がして。


情けねぇツラしてんじゃねぇよ。


そんな空耳が、聞こえる気がして。

お読みいただきありがとうございます。

本作のオムニバスとして、「空から飴が降ってきた話」(https://ncode.syosetu.com/n0241in/)を投稿しました。

併せてお楽しみいただけましたら、喜びます。

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