古典落語に登場する生臭坊主について
【枕】 古典落語における権力者への風刺性について
庶民の芸能である古典落語において、権力者を茶化す風刺的な視点は重要なファクターと言えるでしょうね。
以前に私は「スプラッター落語への招待」というエッセイで落語における武士への風刺について言及致しましたが、それ以外にも御城で何不自由なく暮らす殿様の世間知らず振りを描いた「目黒の秋刀魚」に、未知の事象を素直に「知らない」と言えない年長者の意地とプライドを皮肉った「ちはやふる」や「やかん」など、偉い人を皮肉った噺は枚挙に暇がありません。
このように、偉い人を茶化す姿勢は古典落語とは切っても切れない関係にありますね。
しかしながら、同じ有力者でも御坊さんを始めとする仏教関係者に関しては少し事情が異なってくるようです。
滑稽噺の「寿限無」で子供の命名について相談を受けた御坊さんみたいに穏やかで聡明な人格者も存在しますが、古典落語に登場する御坊さんは大抵が破天荒な生臭坊主なのですね。
仏教で禁じられているはずの飲酒や肉食は平気でやるし、読経や戒名といった法要に関連する知識もいい加減。
しかしながら落語に登場する生臭坊主の破天荒な言動には、単なる僧門への風刺や皮肉とは片付けられない趣があるように感じられるのですね。
本エッセイでは、生臭坊主の登場する三席の古典落語を比較する事で、この点について考察していきたいと思います。
【前座】 「黄金餅」
〈あらすじ〉
とってもケチな托鉢僧の西念は、風邪に罹ったにも関わらず薬代や治療費をケチった末に、とうとう寝付いてしまったんです。
そんな西念の心配事は、裏長屋に住みながらコツコツと溜め込んだ小金でした。
この小金を他人に渡すまいと考えた西念は、隣人である金兵衛に買って来て貰ったあんころ餅に小金を包んで飲み込んじゃうんですね。
ところが餅が喉に詰まってしまい、そのまま西念は死んでしまいます。
一部始終を見ていた金兵衛は、西念が飲み込んだ金を我が物とする為に、彼の葬儀と埋葬の一切を取り仕切ろうとするんですね。
身寄りがない西念の葬儀は金兵衛の菩提寺である木蓮寺で執り行なれる事になったのですが、この木蓮寺の和尚と来たら経机に魚の干物を置いて晩酌するような生臭坊主だったんですよ。
そんなだらしない生臭坊主だから、仏具も袈裟も売り払っていて何もない。
仕方がないので穴の開いた麻の風呂敷を袈裟と衣の代わりに纏い、ハタキと茶碗を払子とお鈴の代わりに仕立てたんですが、泥酔状態で御経も出鱈目なんですね。
そんなチグハグな有り様ながらも何とか葬式を執り行った金兵衛は、西念の死体を夜中のうちに火葬場へ運び込み、隠亡を脅してさっさと火葬しちゃったんですよ。
そうして焼き上がった死体から小金を奪い取った金兵衛は、それを元手に餅屋を始めて大層繁盛したんですね。
遺産強奪という犯罪と、グロテスクな死体損壊描写。
これらが主題である「黄金餅」は、一歩間違うと非常に陰惨な噺になってしまうんですね。
ところが、この「黄金餅」がそこまで陰惨な印象にならないのは、「小金を得て良い暮らしがしたい!」という小市民的な欲に動かされる金兵衛の一種コミカルな凄みと、二人の生臭坊主のキャラクター性にあると思うんですよ。
物凄いケチで死ぬまで小金に執着し続けた托鉢僧の西念と、怠惰で大酒飲みな木蓮寺の和尚。
前者は「始末の極意」や「位牌屋」に代表されるような吝嗇家をネタにした落語を思わせる滑稽さがありますし、後者の破戒僧振りは後に紹介する「万金丹」や「蒟蒻問答」のような破天荒な出鱈目さがあって楽しいんですよ。
それにどちらも煩悩丸出しな生臭坊主ですが、彼らはある意味では自然体で生きていますね。
そんな飾り気の無い自然体な姿も、ある種の共感を生んでいるのだと思います。
【二ツ目】「万金丹」
〈あらすじ〉
旅の途中で路銀が尽き、行き倒れ寸前の二人組。
助けてくれたお寺の和尚さんの勧めで出家するものの、お寺の禁欲的な生活は彼等にとって堅苦しくて仕方なかったんですね。
そんなある日、本山に用事が出来たので和尚さんが寺を留守にする事になったんです。
監視役の和尚さんがいなくなって、「鬼の居ぬ間に洗濯」とばかりに好き放題を始める二人。
賽銭箱を開けて酒を買い、池の鯉を食べてしまう。
もう素晴らしい破戒僧振りですね。
そんな折、「万屋の金兵衛さんが亡くなったので葬式を上げて欲しい。」と檀家さんが訪ねて来たんです。
香典をせしめて懐に入れようと、出来もしない葬式を引き受ける二人。
葬儀自体は出鱈目な御経で何とか乗り切ったものの、「戒名を頂きたい」と言われて大弱り。
何か字の書いてある物をと探した所、薬の袋が見つかったんですね。
そこで袋に書いてある効能書きをそのまま読んで、「金兵衛さんの戒名は『霊法・万金丹』だ。」と言い切っちゃうんですよ。
最初の「霊法」は「死んだら幽霊になるから」という意味、「万金」は「万屋の金兵衛」の略という具合に、一応は筋が通っているんですね。
最後の「丹」は少し苦しかったけれども、こじつけで何とか乗り切った。
そして薬袋に書いてある「白湯にて用いるべし」という一文に対しては、「この仏にはお茶を出すには及ばない」という解釈をつけるんですね。
この「万金丹」は元々は上方落語の「鳥屋坊主」という噺で、出家する旅の男二人組の職業も元の噺では鳥屋の職人でした。
導入における旅の男二人組の出家という要素を見ますと、「伊勢参宮神乃賑」や「兵庫船」といった道中噺の後日談という解釈も出来るでしょう。
幾ら仏門に入ったとは言っても、元を辿れば行き倒れ寸前で保護されるまで好き勝手に道中をしていた町人風情。
余程の性根が無い限りは、禁欲的な仏道修行に身が入らないのも物の道理でしょう。
だからこそ、和尚さんの留守を良い事に羽目を外す場面においては、それまでの反動みたいに俄に活き活きとするんですよね。
寄席のお客さん達も、欲望全開で好き勝手やってしまう生臭坊主二人組のはっちゃけ振りに大いに共感した事でしょう。
欲望全開で無茶苦茶だけど人間臭くて憎めない生臭坊主と、行動に一切間違いはないけれども堅物な禁欲性で近寄り難い真面目な御坊さん。
そんな正反対な性質を持った御坊さん達の対比的な構図は、後に紹介する「蒟蒻問答」においても描かれる要素ですね。
とはいえ「万金丹」においては、この両者は対比的関係にはあるものの対立にまでは至っておりませんでした。
そもそも二人組にとって和尚さんは、行き倒れ寸前を救ってくれた恩人ですからね。
この辺りの義理もあって、そんな憎まれ役に描く訳にもいかないのでしょう。
【真打】「蒟蒻問答」
〈あらすじ〉
江戸でしくじって兄貴分の田舎に転がり込んだ末、禅寺の和尚をやる羽目になったヤクザ者。
弁正という僧籍を得たヤクザ者は、寺男の権助と一緒に放蕩無頼の毎日を送るのでした。
酒や肴を様々な符丁で言い繕って買い揃え、仏具である木魚や鈴を楽器代わりに飲めや歌えの大騒ぎ。
ところが旅の僧侶が禅問答を挑みに来た事で、この楽しい破戒僧生活も風向きが変わってきます。
なにせ禅問答に負けたら、金棒で頭を殴られた挙げ句、寺を追い出されてしまうのですからね。
追い詰められた弁正和尚は、権助に空き寺を紹介して貰って夜逃げの準備を始める始末。
夜逃げの金策として寺の仏具等を売り払おうとした所、今は蒟蒻屋として堅気になった兄貴分に諭され、旅の僧侶の迎撃に方針転換するのでした。
幸いにして旅の僧侶は、和尚の顔を知りません。
そこで蒟蒻屋の店主が和尚に成り済まし、禅問答の相手をするのでした。
禅問答を知らない兄貴分は、旅の僧侶が何を問い掛けても知らんふりをして遣り過そうとするのですが…
果たして彼らの計略は上手くいくのか?
仏の教えも知らなければ、御経も読めない。
そんな破戒僧のデタラメな寺院経営が、全編に渡って面白い一席です。
当然のように、不飲酒戒も何処吹く風。
寺男の権助をお供に、泥鰌鍋を肴に本堂で一杯やっちゃうんですね。
そんな楽しい破戒僧生活に水をさすのが、禅問答を申し込みに来た旅の修行僧という訳です。
旅の修行僧には悪意もなければ落ち度もなく、むしろ非があるのは禅問答を始めとする僧侶の心得が全く出来ていない弁正の方でしょう。
とはいえ落語は庶民の芸能ですし、この「蒟蒻問答」は滑稽噺ですからね。
寄席のお客さんとしても噺家としても、真面目な堅物の修行僧ではなくて、いい加減だけど人間味に満ちた生臭坊主である弁正の方に肩入れしたくなるのが人情です。
かくして前述した「万金丹」でも描かれた生臭坊主と真面目な僧侶の対比関係は、この「蒟蒻問答」においては明確な対立構造として顕在化し、その結果は生臭坊主一派の勝利という形で幕を下ろすのでした。
しかも勝敗の付き方というのが、蒟蒻屋の無言の身振り手振りを禅問答の回答だと深読みして自ら負けを認めるという修行僧の自滅なのですね。
修行僧の持つ仏教の教義や禅問答の正確な知識が仇になるという展開は、弁正達に肩入れしていた寄席のお客さん達にとってスカッとする展開だった事でしょう。
とはいえ当初の蒟蒻屋の対策案に比べたら、この流れは修行僧にとって割とマシな展開だったのかも知れません。
何しろ準備段階における蒟蒻屋は、「痺れを切らした坊主の向こう脛を卒塔婆で薙ぎ払い、倒れた所に煮え湯をかけてやれ。」と恐ろしい事を言っていたんですからね。
金銭的被害も受けずに五体満足で帰る事が出来たのですから、御の字と言えそうです。
【サゲ】 落語の生臭坊主の人間臭さ
こうして生臭坊主がキーパーソンとなる落語を三席見比べてみましたが、いかがだったでしょうか。
冒頭でも少し言及致しましたが、庶民の芸能である落語の中では、社会的な力を持つ者は皮肉られたり茶化されたりする傾向にあります。
特に武士階級への茶化し方たるや、それはもう強烈な物ですよ。
視点人物である町人から軽んじられたり野次られたりするのは日常茶飯事、運が悪ければ「たが屋」の殿様達みたいに蹴散らされちゃうんですからね。
本エッセイで取り上げました落語の中では、「万金丹」の和尚や「蒟蒻問答」の修行僧のような真面目で正統派な僧侶が、皮肉られる社会的有力者という事になるでしょうか。
何しろ江戸時代の仏教寺院は、寺請制度による戸籍管理や寺子屋としての教育の機会提供という具合に、市役所や学校のような行政機関の役割を果たしていたんですから、そこに従事したり将来的に従事するであろう真面目な僧侶は、広義の社会的有力者と言えるんですよ。
しかしながら、融通の利かない堅物として描かれて敵役のような扱いをされている「万金丹」の和尚さんや「蒟蒻問答」の修行僧は、「たが屋」の殿様一行みたいに虐殺される事もなく命を長らえています。
武士階級への茶化しや皮肉に比べたら、随分とマイルドに感じられますね。
その一方で、「万金丹」の二人組や「蒟蒻問答」の弁正、そして「黄金餅」の木蓮寺和尚といった生臭坊主達は、人間臭くて親しみの感じられる人物として好意的に描かれています。
生臭坊主は好意的に描かれ、社会的有力者である生真面目な僧侶は茶化すにしても手心を加えてあげる。
この点について考察してみると、寄席の来場客の多数派となる町人達が地域のお寺や御坊さん達に何を期待しているかが見えてくると思うんですよ。
何か困った事が起きた時には御坊さんに力になって欲しいけれども、あんまり真面目過ぎると説教臭くて敬遠してしまう。
それに生真面目一辺倒な堅物の御坊さんよりも、人間臭くて適度に清濁併せ呑む生臭坊主の方が「懐の深い大人物」という感じがして、日常的に顔を合わせるならば刺激的で面白そう。
弁正や木蓮寺の和尚の屈託の無い破天荒さを見ていると、当時の町人達がそんな風に考えていたように思われるんですね。
それに落語の歴史を遡ってみると、御坊さんの説法話を源流の一つに挙げる事が出来るんですよ。
戦国時代から江戸初期にかけて活躍した安楽庵策伝という浄土真宗の御坊さんが「落語の祖」と呼ばれていますが、この人はお寺での説法にも笑いの要素を積極的に取り入れていたのですね。
この安楽庵策伝を始めとする御坊さん達の説話が、後の落語の原型となっていったんですね。
そうした事情から、江戸期における落語界の方々も御坊さんにある種の親近感を覚えていて、武士階級みたいに噺の中で思いっ切りやり込めようとはしなかったのでしょう。
噺家の方々から御坊さんへ向けた無意識的な親近感と、人間臭くて適度に清濁併せ呑む御坊さんを求める町人の潜在的需要。
これらの要素が合致して生まれたのが、落語における破天荒で親しみを感じられる生臭坊主の人物像なのかも知れませんね。
※ こちらの素敵なFAは、黒森 冬炎様より頂きました。