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バーチャルわたしと嘘つきトモダチ  作者: 鳥遠かめ


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21/28

21.リアルとバーチャルのあいだで

 都夏紗は今朝から「今日で学校終わり」と「琴葉さんとデート」を繰り返している。

 カラオケのセッティングが相当うれしかったらしく、「瑞希はあたしの推しだよ」なんて調子のいいことをまで口にした。

 はしゃぐのは結構。だけどわたしは、一晩明かせば昨日の決意が消え、浮かれる友人に愛想笑いをしていた。


 ……ホントに推してるのは琴葉さんのことじゃんか。


 ため息が出る。

 現実というのは、どうしてこんなに気が重いのだろうか。

 ひとつひとつの事柄が、ホラゲ動画をクリックするように重く感じる。


 人間不信、なんだろうか。

 小学生のころは、親のいう「不審者」が怖くて、独りで外遊びをすることはなかった。近所の人すら怖いものだと思っていた。

 友達の家からの帰りでは、犬の散歩をする人を探す謎ルールを決めていた。なんとなくだけど、犬を連れてる人は安心できたから。

 今でも不審者は怖い。まあ、誰でもそうか。


 中学のころは、イジメのグループに目をつけられないようにするのに必死だった。学校から居なくなった「あの子」の二の舞はイヤだったから。

 ただでさえ、うちの中学は近所の小学校三つから生徒が集まっていて、人の多さに辟易していたのに。

 学校では息を止めて、自宅で息継ぎ。そんな生活だった。


 隣人や同じ学校の人間ですらこうなのだ。

 正直なところ、家族の団欒(だんらん)すらもわたしにとっては「イベント」なのだ。

 それを友達の姉とはいえ、親しくない大人と何かをするなんて。


 そりゃあ、大学を出て社会人になったら、避けては通れない。

 バイトだってするかもしれないし、そうなればわたしだって、ちゃんとする。

 きっとそのときは、わたしも「大人」になっているのだろうし。

 今はどうなのだろうか。子どもだ。次の誕生日で十八歳。選挙権もある。

 二十歳になればお酒やタバコが許されるけど……。


 ピンとこない。

 年齢を過ぎた途端に「はい、大人です」なんて言われても困る。

 わたしはわたしで、ずっと変わらない気がする。

 ずっとコミュ障で、ずっと何かを推していて……。


 どうしてこうも気疲れをするのだろうか。

 変わらないといけないのだろうか。

 甘えているのだろうか。

 みんなは違うのだろうか。


 カラオケも自分が決めたことなのに、情けない。


 カバンへと手を伸ばす。紅葉のストラップ。わたしのお守り。

 すっかりボロボロになって、ひもが切れそうになっている。

 そのうちに修理をしてあげないと。



 体育館で校長先生がなんか言ってるのを眺めたあと、教室に戻る。

 わたしはまったく聞いてなかったけど、この前の高橋の激辛動画について苦言をていしていたらしい。

 彼を名指ししたわけではなく、手伝った教諭向けのお小言だったそうだ。

 ついでに、動画撮影でひとくくりにして廊下や教室での撮影はやめなさいとも言っていたようだ。

 ちなみに、激辛動画は燃えなかったものの、うちの二年生のカップルがマスクキス動画を上げて拡散されているのがウワサになっている。校長先生はご存知なのだろうか。



「今の消して! また茜が映るようにしたでしょ!」



 誰かが大きな声を上げた。

 明星さんだ。モメている相手は飯田だ。


「インカメで前髪直してただけだけど。意識過剰じゃないの?」

「あんたは意識なさすぎでしょ。何回注意してると思ってるの?」

「いちいち気にしてないし。前髪のほうが大事でしょ」

 飯田は笑う。

「誰もあんたの前髪なんて見てないって。無くても一緒でしょ」


 こっちはこっちで子どもだ。彼女たちのこのやり取りは週一くらいで見る。

 明星さんもけっこう言うことが増えた。秋山さんも慣れてきたのか、ふたりが言い争えるように椅子をちょっとズラしてあげている。


「そんなにこいつが大事なら、ふたりで動画撮ればいいのに。黄色い豆とか船長とかさ。あっ、ごめん。アカウント消されたんだっけ?」

「ショート撮るのもうやめたし。アカウントはわざと復活させなかったんだよ」

「わざと? 初耳。まあ、オタクちゃんたちと群れるのに忙しいもんね」


 飯田は秋山さんの顔をのぞきこみ、「ね~オタクちゃん?」と言った。

 彼女は何か続きを言おうとしたようだったが、明星さんが遮る。


「茜に絡むのやめてもらっていい? D組でも迷惑がられてる子とは違うから」


 飯田が固まった。


「は? 何それ?」


 見る見るうちに飯田の顔がゆがむ。

 バーチャルでは見られない、ナマの感情。

 同時に、余裕のあった秋山さんも心配そうな顔になる。


「あんた、自分の居場所が作れないからって、わざわざA組まで行って諸田さんに去年のことを蒸し返してなんか言ったんでしょ? 木村ですら、なかったことにしたがってるの、知らなかったの?」


 木村は諸田さんをイジメてたグループのリーダーだ。


「は? ウソでしょ? なんであんたがそんなこと知ってるの?」

 怒りに変わるはずの飯田の顔は色を失っている。

「木村からだけど」

「は? 菜穂が? 私が諸田に絡んだのを、なんで菜穂が知ってるわけ?」


「そりゃ、菜穂が諸田に謝ったからだよ。なんかあったら言えって話にもなってるもん」

 口を挟んだのは都夏紗だ。

 スカートに手をこすりつけてるからトイレ帰りだ。ハンカチを持てというのに。


「は? なんで都夏紗まで知ってるの……?」

「あたしが菜穂に頼まれて諸田さんにアポとったからね。和解の立会人はきららだったけど。ちな、菜穂が使ってるモバイルバッテリーは、あたしのオススメのやつ」


「ホ、ホントなのそれ?」

 飯田はしぼり出すように言った。

「ど、どうせウソでしょ。こいつ、ウソツキだし」

 明星さんが鼻で笑う。「本当だよ」


 ウソじゃない。わたしも知っている。


 木村さんは、明星さんがショート動画のコツを教えたさいに、たまたま普段の十倍の「いいね」が付いて、そこから撮影に熱を上げて仲良くなり、去年の諸田さんイジメを後悔していることを打ち明けた。

 あとは、諸田さんと連絡先を交換していた都夏紗の仲立ちに加え、明星きららのバケモノ級のコミュ力が発揮されて和解が実現した。


「あんだけイジメといて手のひら返し? 諸田はともかく、菜穂は何も言ってなかったのに。あんたたちだって……。なんで、都夏紗なんかが知ってて……」

「なんかって、最悪でしょ。あんたもイジメてたのに。なんかはあんたのほう」


 冷たく言い放ったのは明星さんだ。


「そ、そこまで言わなくても」

「あんたみたいなのに絡まれると、迷惑だし疲れるの。私が誰にでも甘い顔してるとでも思ったの?」

「わ、私は都夏紗と違ってウソも言わないのに。動画だって、最初に私がきららを誘ってあげたのに」


 飯田の、飯田さんの目が(うる)んでいる。

 いっぽうで、侮辱(ぶじょく)されたはずの都夏紗は、なんだか得意そうに笑っている。



「待って、やめて。やめよう」



 言ったのはわたしだ。



 ……わたし? わたしが?



「田中まで、なんなの?」

 飯田さんの声は、表面張力で耐えているコップの水のようだった。

「あんたまで、こんなウソツキの味方なの?」


 違う。わたしは、都夏紗の味方をしようとしたわけじゃない。

 多分、飯田さんの味方を……。


 そうだろうか……。

 単に、わたしの世界の居心地が悪くなるのに耐えられなくなっただけじゃないの?



 言えなかった。



 飯田さんの顔がいつの間にか戻っている。

 ちょっとバカにしたように笑う顔。


「コミュ障のあんたに教えといてあげるけど、都夏紗はあんたとは違う人種だからね。こいつの家族って水商売なんだから。姉がキャバで母親がスナックだよ」


 知ってる。だから何?


 明星さんが何か怒鳴った。秋山さんも怒って何か言っている気がする。

 職業差別? でも、飯田は「うるさいスマホ泥棒」と笑った。


「田中さんさぁ……。あんたらのせいで、うちのクラスのバレー散々だったよね? 私が出てれば、ああはならなかったのに。おかしいよね。全国行ったはずのバレー部のキャプテンがいてさ? なんでだと思う?」


 飯田は子どもに言い聞かせるかのように話しかけてくる。

 彼女の肩には明星さんの手がかかっているけど、頑として動かない。

 球技大会って、そんなに大事だったの?

 彼女にとって、大事だったんだ。


 わたしは喉に栓をされたみたいに、言葉や空気の出し入れができなくなっていた。


「キャプテンだったのは、ウソだからだよ」


 わたしはまばたきをした。知ってる。だから?


「ウソをつくと身長が伸びる子がいてさ。そのうち雲の上まで行けるんじゃないかってウワサされてたの。その子の成長が止まったのは、一年くらい不登校をしたお陰だって」


 飯田は笑っている。


「不登校の原因、教えてあげよっか?」


 知らない。知る意味はない。あなたがそれを言う意味も資格も、ない。


「あいつの親が……」



 ふいに、右の手首に硬い何かが触った。

 右腕全体と背中に痛みが走り、思わず「痛い」と叫ぶ。


「悪いが放さんぞ。やめておけ」


 頭上から男の声。

 わたしの腕が岩のような手に取り押さえられている。


「何? 殴ろうとしたわけ? キレるオタクってやつ? こわっ!」


 飯田の声はまた震えていた。

 彼女はわたしが動けないことをいいことに、ぐっと耳元へ顔を近づけた。


「いつもは関係ありません、なんてすました顔してるクセに。田中さんみたいなの、なんていうか知ってる? 発達障害とか、自閉症っていうんだよ」


 飯田の震えた吐息と一緒に、どこかで聞いた言葉がわたしの耳の中へと忍びこんだ。


「知ってる? ASD。そんななのに、よかったね。彼氏ができて。きららとも友達になれて」


 ASD? 彼氏?


「俺はバーチャルにしか興味がない。田中、筋を傷めるから力を抜け」


 取り押さえていたのは武一郎か。

 わたしが力を抜くと、彼はわたしの腕をゆっくりと下ろしてくれた。


「パーでなく、グーでいくとは思わなかったぞ」


 言われて初めて気づく。こぶしが固く握りこまれている。

 全部の指が手のひらの中に逃げこもうとするかのように、引きこもるかのように。

 力を抜いているつもりなのに、

「手が開かない」

 我ながら、助けを求めているような(あわ)れな声だと思った。

 大きな指がわたしの指をほどこうとしてくれたけど、上手くいかない。


 はっと、周囲の視線に気づく。

 みんなが見ている。いつから? わたしが、飯田を殴ろうとしたのも?


「そろそろいいか?」


 教壇に担任の阪田先生が居た。この人はなんでここに? いつの間に?

 席に戻りつつ阪田を見ると、目を逸らされた。

 逸らされたはずなのに、身体の隅々まで見られた気がして、胸が冷えていく。


 めまいがする。何事もなかったかのように、先生が連絡事項を伝え始めた。

 何かを言っているのは分かるけど、耳の奥に別の言葉が詰まっていて、頭に入ってくるのを邪魔している。


 これは、現実なのだろうか。


『発達障害』

 ドキリとして飯田の席を見るも、空席。あいつ、どこに行ったの?


 気持ちが悪い。

 目を閉じ、机に突っ伏する。


 いつの間にかホームルームが終わり、一学期から解放されていた。


「行こ、瑞希。迎えに来てくれたって」


 都夏紗は怒っているようだった。わたしが怒らせたんだっけ?

 迎えって一体、何の?


 都夏紗がわたしの手を取って歩いていく。

 校門の前の道路には一台のミニバンが停車していた。


 車の前には女性が一人。

 長身の美人は、まぶしいホワイトのパンツに水色のノースリーブ。

 ドアにもたれかかるようにしている彼女には、挑発的という言葉がピッタリだ。

 横を通り抜ける男子たちがガン見している。いや、女子もだ。


 そりゃそうだ。だって琴葉さんは、おでこに初心者マークをくっつけて立っていたんだから。


***

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